「ジャンヌ・ダルク」レジーヌ・ペルヌー、マリ=ヴェロニック・クラン著

著者レジーヌ・ペルヌー(1909~1998)はオルレアン市立「ジャンヌ・ダルク研究所」を設立しジャンヌ・ダルクに関する多数の著作がある現代ジャンヌ・ダルク研究をリードした第一人者である。共著者マリ=ヴェロニック・クランもオルレアン市立ジャンヌ・ダルク研究所所長補佐などを務めたジャンヌ・ダルク研究者であり、ひとまずジャンヌについて知りたいことはほぼこの一冊に詰まっている。日本語で読めるジャンヌ・ダルク研究書としては最も詳しく最もまとまっている決定版にして必読書であるといえよう。

第一部戦記ではジャンヌ・ダルク復権裁判までのジャンヌの事績が多数の史料や研究をもとに描かれ、第二部主要登場人物ではシャルル7世をはじめフランス、イングランド、ブルゴーニュ、教会関係者などジャンヌに関する主な人物たちの人物像が紹介され、第三部討議ではジャンヌに関して論争となっている11のテーマについて詳説され、補遺ではジャンヌの書簡や関連史料の研究などがまとめられている。もちろん、索引も人名・地名・後世の研究者・事項まで分類されているし、ジャンヌ・ダルク年表や各王家の系図、さらに文献一覧まで、申し分ない充分すぎる質と量で整っている。ジャンヌについて詳しく調べたいなら手元に置かない理由がない。

ただ、絶版なのが残念だが、一年ほど前に私が購入したときはネット書店をしらみつぶしにあたって唯一hontoで在庫があるのを確認して購入した。今確認すると取り寄せということになっているので、果たして買えるかどうか。また、最近twitter上で話題になったジュンク堂福岡店のFGO(を意識した)特集コーナーの写真に本書が並んでいるのを確認したので、問い合わせてみるとよいかもしれない。また、「日本の古書店」で検索すると2000円前後で数件ヒットした。すべて2018年7月12日時点の情報である。

ペリネ・グレサール~ジャンヌ・ダルクに勝った男

さて、本書から特に興味を惹きそうな話題として厳選して一つ選ぶとするなら、第二部で紹介されるペリネ・グレサールというイングランド側の傭兵隊長であろうか。ジャンヌ好きな人でも聞き覚えない人が大半だと思うが、この男こそ、はじめてジャンヌ・ダルクが敗北した男である。

ペリネ・グレサールは野盗の頭目でありイングランド・ブルゴーニュ側の傭兵としてラ・シャリテ=シュール・ロワールの城塞を守っていた。同地はアルマニャック派の拠点ブールジュの後背を扼する位置にあり、シャルル7世としては何としても落としたい要衝である。しかし、グレサールはフランス軍を寄せ付けず、過去の攻略はことごとく失敗に終わっており、いわば、イングランド側にとってのモン・サン・ミシェルやヴォークルールといえる難攻不落の城塞であった。

1429年秋、オルレアン解放~ランスの戴冠式まで成し遂げたジャンヌ・ダルクをはじめとするフランス軍が意気揚々攻略を開始するが、グレサールはジャンヌを仰ぎ士気高いフランス軍を全く寄せ付けず、大砲まで奪われて、はじめてジャンヌに苦杯をなめさせた。オルレアンやパテーの時と違ってジャンヌの味方がそこまで有力な武将ではなかったとか、補給が満足に得られなかったこととか、長期戦になって寒気に襲われたとか、様々な要因もあるが、ペルヌーは「明白な事実」として「ペリネ・グレサールの防備が見事であったこと」(P339)を挙げる。その後もこの地を守り続け、1435年、シャルル7世はようやくグレサールと和平を結んで彼をラ・シャリテ終身守備隊長に任じ年金も与える好待遇で臣下に迎えいれた。

すごい強敵なのだが、ジャンヌの伝記や創作・ネット等の紹介記事は大体、このラ・シャリテ攻略戦はスキップして、ランスでの戴冠のあとすぐにパリ攻略の失敗・コンピエーニュでの虜囚に飛ぶので、こういう魅力的な敵キャラが埋もれる結果となっている。実際、彼以外にもジャンヌと対峙する敵にも魅力的が人物はいっぱいいるのだが、伝記や小説等でまず出会えないのは残念だ。本書でも描かれる、ジャンヌを捕らえ、のちイングランドに引き渡すことになるブルゴーニュ公の家臣リニー伯が隻眼の猛将で公の高い信頼を得て数々の戦場を駆け巡って勇名轟いていたなんて話、創作で使いやすいわかりやすすぎるキャラなのにとんと見かけないしなぁ。そもそも彼の主君フィリップ善良公時代のブルゴーニュ公国が漫画のようなかっこよさ(本書とホイジンガ「中世の秋」よみましょう)なのだが。本書はこういうところにもきちんと目を向けて詳述してくれているので、ジャンヌ・ダルクファンにこそ様々な発見があるだろう。

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