「図説 中世ヨーロッパの暮らし (ふくろうの本) 」河原 温,堀越 宏一 著

中世ヨーロッパの人々の姿を豊富な図版をまじえて紹介する一冊。中世ヨーロッパでは「祈る者(聖職者)」「戦う者(貴族・騎士)」「耕す者(農民・都市民)」の三身分の概念が生まれていたが、その中の「耕す者」たちに焦点を当てて、中世の主に西ヨーロッパで生活する庶民の暮らしを描く。

「第一部 農村の暮らし」では「第一章 中世農村の誕生」でローマ時代以降中世前期の農村の衰退と荘園の成立から十一世紀の農業革命を経て三圃制の普及とともに農村共同体が確立していく歴史が描かれる。続く「第二章 農民と領主」で領主と農民の交渉過程を経て、領主に対する義務・負担と引き換えに農民たちも一定の自治権を確立していく単純な隷属関係ではない様子が見て取れる。「第三章 村の姿」では農民たちが暮らした村の様子について領主との利害関係や都市との交易、地理的・政治的要因などが概観されつつ、その特徴について描かれる。「第四章 農民の仕事」では農民たちの生業となった農業・牧畜・森林の活用・漁業・領主から課された労役(バナリテ)・手工業・定期市についてそれぞれ詳述される。

「第二部 都市の暮らし」では「第五章 中世都市の誕生」でローマ時代からカロリング時代を経て都市が形成され、中世盛期以降都市住民によるギルドなどの団体の結成と諸制度の発展による中世都市の確立過程が描かれ、さらにそうして誕生した中世都市の特徴や同時代の描かれ方についても概観される。「第六章 都市の労働」ではシャンパーニュの大市などの市場の誕生からイタリア商人やハンザ商人の活動を経て国際市場の成立を見る商人たちの活躍、隆盛を迎える様々な同職組合の活動を通してみる建築・織物・金属加工・食料関係などの職人たち、十二世紀以降活発になる教育・文学・医療・芸術などの知識人たち、さらに都市の周縁に位置する貧民や被差別階層の人々まで多岐に渡る都市民の様子が紹介される。

「第三部 中世人の日常」では「第七章 中世の人々の一年と一生」で農民・都市民の生涯にとって教会が果たした役割を祝祭日や聖職者による様々な儀式を通して描く。また施療院など福祉施設の活動や戦争・民衆の反乱・飢饉・疫病などの災厄、反対に庶民を結び付け、活気づけたオーラル・コミュニケーションによる情報伝達などについても紹介する。「第八章 衣食住」はその章題通り、農村の家々、都市の町家、服飾や家財道具、庶民の食事について紹介している。未だ残る中世フランスの町家や農家、中世の食事の再現などの写真も豊富である。

限られた文字数で全体像を描きつつも、通説的な解説で終わらせず具体例もいくつも語られていて微に入り細を穿つ、という印象が強い。

『高校教科書では、ローマ帝政後期のコロヌスやかつては自由農民だったゲルマン人の子孫が、中世に入って、社会経済的に没落した結果、これらすべての人々が領主に従属する農奴となったような説明がされているが、実際には、所有権をもつ自由農民も少なからず存在し続けていて、彼らと農奴との構成の割合は地域によって大きく異なっていた。』(16頁)

例えば農奴について上記のように教科書的解説を正した上で、中世ヨーロッパにおける農奴分布の状況を図示して、農奴身分の濃厚だった地域とそうでない地域とが一目瞭然となっている。

あるいは中世都市の成立についても

『かつてベルギーの歴史家アンリ・ピレンヌは、カロリング時代以降の西ヨーロッパがイスラームの地中海進出によって商業活動の場を失って閉鎖的な自給自足経済へと退化したとみなし、都市生活と商業活動の衰退を強調したが、近年では、むしろカロリング時代こそ、農業の発展を背景に、余剰を取引する市場が多数生まれ、人々の集まる場が形成され、商品=貨幣流通が進展したことが強調されるようになってきた。』(49頁)

と、中世欧州経済史の近年の研究動向を踏まえた内容が盛り込まれている。

個人的には『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』をはじめ様々な農事暦の装飾写本が大量に見れて眼福であった。あとフロワサールの年代記の細密画はあらためて見ても良い仕事をしている。

フロワサールの年代記より「ジャックリーの乱」の細密画

フロワサールの年代記より「ジャックリーの乱」の細密画
ャン・フロワサール [Public domain], ウィキメディア・コモンズ経由で


本書の14ページでも紹介されているジャックリーの乱の細密画だが、この次々と死んでいる混乱具合と丁寧な彩色がかもしだすメルヘンな雰囲気、じつによい。

全130ページに満たない薄さでかつ全体の半分近くにはなりそうなボリュームで図版が差し込まれているにも関わらず、中世社会史の概説書として非常に網羅性が高い構成になっている点が素晴らしい。個々のテーマについてはそれぞれ専門書に当たれば良いだろうが、おおまかに中世の庶民の生活を垣間見てみたいという人にはお手軽な一冊であると同時に、より深い中世ヨーロッパ研究へと誘う入門書としてもお勧めである。

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