山岸凉子先生が描くジャンヌ・ダルク伝『レベレーション(啓示)』の第四巻の感想です。作中の内容や展開に関してネタバレがあります。
とりあえず、この四巻発売にあわせて公開されている山岸先生の作画風景動画、良いですよね・・・このジャンヌほんと好き。
山岸 凉子先生の作品、kindle化一切していないのは何か理由があるのでしょうか。
四巻の主な内容と感想
第三巻までにオルレアンの解放を成し遂げたジャンヌ、第四巻では退却するイングランド軍の追撃戦であるロワール作戦からシャルル7世のランス聖別(戴冠)式、パリ包囲、そしてラ・シャリテ=シュール=ロワール攻略戦とその後のオルレアン市での歓待まで、実際の時間経過でいうと1429年5月9日から1430年1月19日までの事績が描かれます。
三巻までジャンヌ・ダルクの活躍に焦点があてられていましたが、四巻では一気に多くの登場人物が登場して、ジャンヌを中心として人々の利害や思惑がぶつかりあいながら物語が動く群像劇の様相を呈してきました。特に、ランス戴冠式後のシャルル7世政権、ベッドフォード公率いる英仏二元王国、そしてキャスティングボートを握るブルゴーニュ公フィリップ3世三勢力の駆け引きが詳細に描かれていて、当時の政局の中にジャンヌを置くことで、まさに歴史漫画の醍醐味があります。
両勢力を天秤にかけて漁夫の利を得るブルゴーニュ公の老獪さ、強力さがこれほど描かれるなんて、ジャンヌ・ダルクを描いた作品としては初なのでは(打ち切られなければデゾルドルがそうなっていたでしょうが・・・)。そしてイングランドの摂政ベッドフォード公の心労は絶えない・・・名前だけ登場のグロスター公、史実通り大局が全く読めてなくて相変わらずで安心しました。
当初はジャンヌに強い信頼を寄せていたものの、戴冠式後、ジャンヌの存在感が王としての権威を損なうのではないかと恐れるようになってきたシャルル7世、シャルル7世の意を汲んでブルゴーニュ公との和解を進めつつ、宮廷で力を持ちはじめたジャンヌを要するアランソン公ら武闘派を牽制するべく画策する一巻で少し顔出していた侍従長ジョルジュ・ド・ラ・トレムイユが四巻で本格的に登場し、ジャンヌを見限りつつある王母ヨランド・ダラゴン三者の思惑が絡み合って、ジャンヌの地位が揺らいでいきます。
またみんな大好きジル・ド・レも満を持して登場。史実ではジル・ド・レは従兄のラ・トレムイユに臣従していて、一貫して彼の利害のために行動しており、ラ・トレムイユの失脚とともに宮廷を去るのですが、本作ではこれをきちんと反映してラ・トレムイユの腹心として描かれます。本作でのランス戴冠式で自分の場違いさにおどおどしたり、ジャンヌに心酔してラ・トレムイユに無断でパリ包囲に参加して、ラ・トレムイユに怒られていたりするジル・ド・レ、足りなさが実に素顔のレ元帥という感じでいいですわ・・・
そして後に異端審問の裁判長となるピエール・コーションはジャンヌに悪態をつきつつランスから逃げ出し、運命のコンピエーニュの守備隊長ギヨーム・ド・フラヴィ、ジャンヌを捕縛することになるブルゴーニュ軍の猛将リニー伯ジャン・ド・リュクサンブルール、またパテーの戦いパテーの戦いでの敗将ジョン・ファストルフ(作中ではフォールスタッフ)など敵役もそろって顔を出しています。パテーの戦いでタルボットと仲良さそうにしていてちょっとほっとしました。実際には意見対立した挙句、後に敗因を巡って裁判沙汰になったりするので。そして一瞬だけですがギー・ド・ラヴァルとアンドレ・ド・ラヴァル(後のロエアック元帥)のラヴァル兄弟や、いろいろな作品で何故か温厚そうな造形になりがちな傭兵隊長ザントライユが本作でも人のよさそうな見た目で登場。ところで、ジャン・ド・リュクサンブール、パリ包囲時にパリ防衛の指揮を執っているように描かれていますが、当時パリにいたのは一族のルイ・ド・リュクサンブールの方で、指揮は別の人物ですね。面倒なので一人にしたのかな。
そして、これまでほぼすべてのジャンヌ・ダルク伝記作品でスキップされてきたジャンヌ・ダルクのペリネ・グレサール討伐戦がまさかのクライマックスとして描かれるとか、ジャンヌ・ダルクファン感涙の展開ですよ。当時乱世に乗じて城や領土を奪い実効支配する武将と言うのは珍しくなくペリネ・グレサールもその一人、屈指の戦上手として知られた山賊から成りあがってイングランド派としてシャルル7世領の後背を脅かしていた独立勢力の頭目です。本作ではまずサン・ピエール=ル=ムーティエをジャンヌの作戦で陥落させ、難攻不落の本拠ラ・シャリテ=シュール=ロワール攻略に乗り出すわけですが・・・さすがジャンヌ・ダルクの研究書『ジャンヌ・ダルク』(レジーヌ・ペルヌー、マリ=ヴェロニック・クラン著)でも同時代最強クラスの評価を受ける武将なだけある苦戦っぷりでした。まさかの人がまさかだったので、史実で生きていたからといって油断できない・・・
他、「ジャンヌ以後」を予感させる描写も至る所に仕込まれていて、芸が細かすぎます。バタールとアランソン公が酒を酌み交わしているのとか、二十数年後――反逆者となったアランソン公をバタールが逮捕することになる――を考えると切なすぎるし、兄ジャンのお金にがめついところとかも将来の偽ジャンヌ事件への伏線ですし、ラ・トレムイユがジャンヌ一族を貴族に取り立てるヨランド・ダラゴンの意図を図りかねて「まさかこのラ・トレムイユのライバルを作りたいわけでも・・・?」とつぶやくところなんかも、将来の両者対立――ジャンヌ死後、ラ・トレムイユとヨランドとその子たちアンジュー公派は対立、ラ・トレムイユの指示を受けたジル・ド・レがヨランド・ダラゴンの襲撃・誘拐事件を起こしたりします――を考えると色々意味深ですしね。
ジャンヌ・ダルクの生涯を考えるとそろそろ折り返しに到達するわけですが、さすが山岸凉子先生、史実と創作の絶妙なバランスで作劇する手腕はまさに名人芸だと思わされます。中世ヨーロッパ史ファンにとっての『新九郎、奔る!』みたいな読書体験といえましょう。このまま続くとあきらかにジャンヌ・ダルクを描いた作品の金字塔となりえる可能性を秘めていると確信に至る巻でした。
1~3巻の感想

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