『海帝 1,2巻』(星野之宣・作)感想~鄭和の南海大遠征を描く海洋冒険大作

『海帝』は2018年7月より「ビックコミック」(小学館)誌上で連載されている、十五世紀初頭、大船団を率いて東南アジアから南インド、さらにはアフリカ東岸にまで至る航海を行った鄭和を主人公にした海洋冒険漫画です。作者は「ヤマタイカ」「宗像教授伝奇考」などで知られる漫画家・星野之宣。2019年3月現在、コミックスが第二巻まで発売されています。

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歴史上「鄭和の南海遠征」として知られる事件は明の第三代皇帝永楽帝の命によって宦官・鄭和が1405年から1433年まで七回に渡って大船団を率いて東南アジアからインド洋、ペルシア湾までの沿岸諸国を訪れて服属を求め、朝貢貿易を促進したもので、十六世紀・大航海時代の約百年前、先駆的な業績として知られています。

主人公とされる鄭和は謎の多い人物です。宮崎正勝著「鄭和の南海大遠征 永楽帝の世界秩序再編(中公新書)」によると、1371年、雲南の昆陽に住むモンゴル系イスラム教徒の家に生まれました。1382年、明軍が雲南を占領、鄭和も捕虜となり、1383年、宦官として北京の燕王(のちの永楽帝)に仕えることになりました。燕王が明第二代皇帝建文帝に反旗を翻した靖難の変(1399~1402)で軍功を挙げ、燕王が永楽帝として即位すると、永楽帝から鄭姓を授けられ十二監という宮廷機構の一つ土木工事や貯蔵庫の管理、物資の調達を統括する内官監の大監(長官)に抜擢されます。1405年、永楽帝は鄭和を総司令官とした総員2万7千名におよぶ大船団の派遣を決定し、彼は世界へと漕ぎ出していくのです。

鄭和の容貌について、「身長は九尺で、腰まわりは一〇囲、顔は四角ばっていて鼻が小さいが、大変な貴相である。眉目は秀麗であり、耳は白くて長く、歯は貝を連ねたようであり、虎のように歩み、その声は宏亮としている」(宮崎,84頁)と記録に残されているそうですが、本作での描写もこれを踏まえた実に美丈夫なキャラクターです。

作中の鄭和は泰然としつつも熱いハートの持ち主で、人の生きたいという願いをかなえるために自らの命を懸けることを厭わない性格をしており、この熱さに惹き付けられた人々が次々と仲間となっていくのが第一巻、出航に際しての障害を次々と乗り越えていよいよ鄭和艦隊が大海原に漕ぎ出し、最初の寄港地チャンパで王国を揺るがす争いを収めて、海洋冒険ものお約束の空前のバトルが繰り広げられるのが二巻という展開です。

本作に盛り込まれている豊富な歴史エピソードにいくつか触れるためここから少しネタバレになります。

まず冒頭で鄭和が日本への使者として室町殿足利義満と会談していますが、これは確かなことではなく、会ったかもしれないという説があるに留まるものですが、主人公の紹介を兼ねて採用していますね。

また仲間となる倭寇たち、ちょうどこの時期からが最初の活動期間です。十四世紀後期、元の衰退と同時に周辺諸国の政情も一気に不安定化して、東アジアの海域には武装商人の跳梁を許すことになり、これが倭寇の台頭を呼ぶことになります。最盛期には300~500艘の船団を形成し、千数百の騎馬隊と数千人の歩兵を乗せ女性や子どもを伴っていたといわれ、沿岸を劫略してまわりました。明、李氏朝鮮、対馬宗氏、足利政権など諸国連携での倭寇対策によって衰退し、十五世紀末までに活動は沈静化していきます。倭寇の構成員としては諸説あり、対馬・壱岐・肥前松浦地方の人々が中心であったとも、禾尺・才人と呼ばれる朝鮮半島の被差別層が倭族と連合していたともいわれています。作中でも倭寇の主要登場人物として頭目の射馬九郎は松浦水軍の流れをくむといい、潭太という子供や、弖名という女性が仲間なのもこのような前期倭寇の特徴を踏まえた造形でしょう。

また、永楽帝といえば欠かせない「燕族簒位」。彼が滅ぼした前帝・建文帝のブレーンとして当時最高の知識人として知られた儒学者方孝孺(作中では景孝孺)に対して即位の詔の作成を命じたときのエピソードで、反骨の人方孝孺は「燕族簒位」との四文字で応え、永楽帝は彼の十族の殺害を命じました。作中でも永楽帝の恐怖支配をあらわすエピソードとして取り上げられています。

また二巻でチャンパを脅かす隣国の越南王ホー・クイ・リももちろん実在の人物です。ベトナム北部大越は陳朝(1225~1400年)の支配下にありましたが、1390年代から陳朝の実権を握ったのが黎季犛(ホー・クイ・リ)で、1400年、ついに帝位を簒奪して陳朝を滅ぼし胡朝を建国します。しかし、周辺諸国を脅かし明にも楯突いたことから、1407年、永楽帝によって滅ぼされました。本作ではこれらを踏まえて鄭和の活躍を描いています。

あとは二巻クライマックスの海獣バトル、倭寇の女海賊vsダイオウイカ(クラーケン)vsマッコウクジラの三つ巴に中国伝説の大鮫魚まで絡む、「海底二万里」から続く伝統的な海洋冒険ものの王道をきちんと押さえたぶっとび方で、嘘は大きければ大きいほどいいを絵に描いたようなダイナミックな展開が実にエキサイティングです。丁寧に考証を重ねて歴史を描いた上で一気に時空も世界も突破する勢いになるの、星野之宣作品の真骨頂ですね。

宗像教授の歴史解説コーナーまである至れり尽くせり感良き。多くの良作歴史漫画同様、丁寧な歴史考証とダイナミックな創作とが入り混じる非常にパワフルな作品ですが、まだまだ出航したばかり。本番はこれからというところですが、その航海の先が非常に楽しみです。

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Kousyou

「Call of History - 歴史の呼び声 -」主宰者。世界史全般、主に中世英仏関係史や近世の欧州・日本の社会史に興味があります。

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