『図説 メソポタミア文明 (ふくろうの本) 』前川 和也 編著

他の多くのメソポタミア史の入門書と同様、都市国家の勃興からヘレニズム文化のはじまりまでの通史がコンパクトにまとまっていて、カラー図版の豊富さで知られるふくろうの本シリーズだけに本書もメソポタミアの様々な遺物や芸術・工芸品・歴史についての写真や図表が多く掲載されているのが特徴である。

特に冒頭で「ウルクの大杯」について様々な写真とともに詳述されているのはうれしい。「ウルクの大杯」は以前紹介した小林 登志子 著『シュメル――人類最古の文明 (中公新書)』(書評)でも一章裂いて解説がされているが、高さ1.1メートルにおよぶアラバスター製の容器で、ウルクの最高神イナンナの神殿への献納品として、メソポタミア文明の最初期にあたるジュムデト・ナスル期(前3100年~前2900年)に作られた。非常に精密な装飾がほどこされており、当時の文化水準の高さを示すものであり、また、ウルクを中心としてメソポタミア文明が勃興したことを踏まえると、「メソポタミア文明成立の記念碑」(11頁)ともいえる傑作だが、果たして何が描かれているのか諸説あり、その解説が豊富な写真とともになされている。

また、この「ウルクの大杯」は1933~34年に発掘され、後にイラク博物館に収蔵されていたが、2003年3月からのイラク戦争で米軍が空爆を開始した直後の4月、略奪者によって台座が破壊されて持ち去られてしまった。2006年になってイラク博物館に戻されたが、これまで幾度となく繰り返されてきた戦争で歴史的遺産が脅かされる新しい例のひとつとなった。

また、コラムとして面白いエピソードも多く紹介されている。例えば推理作家として名高いアガサ・クリスティとメソポタミア考古学の縁である。クリスティは最初の夫アーチボルド・クリスティと離婚後、14歳年下の考古学者マックス・マローワンと再婚して、アッシリアでの発掘などにも参加、後に「メソポタミアの殺人」などメソポタミア文明にまつわる作品を発表したり、第二次大戦後も積極的に発掘作業などに参加、出土品の整理などに貢献したという。

非常にコンパクトにメソポタミア史の全体像を一望できて非常に有用だが、著者が指摘する通り、メソポタミア研究の特徴として『微細なことまでわかっている分野と、探求が不可能な分野とが共存している、だからメソポタミア史は異なる時代、異なる地域の資料群から得られる証拠のパッチワーク』(124頁)という点があり、メソポタミア史の本を読んだときに感じる、「わからなさ」が「わかる」感慨を覚えさせられ、メソポタミアに限らない歴史の面白さを再確認できる。

実際都市国家草創期のことはほとんどわからない。あれだけ有名なギルガメシュだって同時代史料の無さから実在の人物かどうかすら全く分からない。以前は実在していた可能性が高いと言われていたが最近の研究動向はむしろ実在に否定的な意見が多くみられるようになってきている。そもそもこれだけ高度な都市文明を築いたシュメール人がどこからきて、どこへ行ったのかも謎のままだ。

それこそが面白い、と本書の様々な美麗な写真とまとまった通史を読みながら、あらためて思えるののである。

本書の目次は以下の通り。

メソポタミア文明 関連地図・略年表
「ウルクの大杯」を読む 文明成立の宣言
I 歴史をたどる 都市文明へ
1村から町へ、そして都市へ
2シュメール都市国家の繁栄
コラム アガサ・クリスティとメソポタミア考古学
3アッカド王朝とウル第三王朝
4古バビロニア時代
5周辺の民俗と国家
コラム 「楔形文字」文字記録のシステムと展開
コラム 円筒印章 多くを語る、粘土板に押印された印章図像
II 時代を知る 農耕と牧畜・神と王権
1メソポタミアの農業
2メソポタミアの牧畜
3神と王権――古代メソポタミアの「棒と輪」図像
4神殿・ジッグラト
5神々と人間
III 帝国の興亡 新アッシリア帝国の隆盛と滅亡
文明の探求 パッチワークとしてのメソポタミア史

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