『ブリュージュ―フランドルの輝ける宝石 (中公新書) 』河原温 著

ブリュージュ(ブルッヘ)はベルギーの主要都市で「北方のヴェネツィア」とも呼ばれ、中心街区が「ブルッヘ歴史地区」として世界文化遺産にも登録されている中世以来の歴史ある都市である。本書ではそのブリュージュの歴史と文化を、十~十五世紀の中世期を中心に現代まで丁寧に描く一冊となっている。

ブリュージュは、十二世紀、中世フランス有数の諸侯フランドル伯領の有力都市として商業ネットワークの中心となり、特に十三世紀以降シャンパーニュの太市で知られたシャンパーニュが衰退すると南北ヨーロッパの交易を仲介するようになり大いに栄えた。十四世紀、フランドル伯領がブルゴーニュ公国に併合されると十五世紀の西欧で最も富裕だったブルゴーニュ公のお膝元として、経済だけでなく文化・芸術の中心地としてその名を知られる。

「第1章 誕生」ではフランドル地方発展の過程で十一世紀頃から、イングランドからの羊毛の輸送とフランス西海岸からの塩や葡萄酒、ライン地方や北ドイツ地方からの毛皮・鉱産物などが水運を通じてブリュージュに集まり中継されることで有力都市として発展、「革新の十二世紀」にヘント、イーブルなどフランドル地方諸都市とともに急成長して、フランドル随一の商都へと変貌する過程が描かれる。

「第2章 繁栄のモチーフ」では紀元1000年以降に始まる中世ヨーロッパの国際市場の形成過程の中で北海・バルト海商業最大の拠点としてブリュージュが位置づけられ、ヨーロッパ全土から人・モノ・金が集まる様が描かれる。ドイツ(ハンザ)商人、イングランド商人、スコットランド商人、スペイン商人、ポルトガル商人、ジェノヴァ商人、ヴェネツィア商人、フィレンツェ商人など多様な商人がブリュージュに集住し、高利貸や両替商といった金融業者が登場して、金融システムが確立する。

「第3章 フランドルの宝石 都市の美学」では、十六世紀後半に描かれたマーカス・ヘラルドゥスのブリュージュ鳥観図を題材に、現在まで残る多くの建築物の歴史を取り上げ、「水の都」として知られるブリュージュの水路網と広場などの都市構造を描く。本章で取り上げられている十四世紀末のブリュージュに残る最古の帳簿記録からみた当時の所得構造は興味深い。

『課税対象となった三六五一世帯のうち、実に八三パーセント(三〇三六戸)の世帯は最も低い税額(三デナリ以下)しか支払っていない低所得層を構成していたのに対し、中産層(三~七デナリ)は一四パーセント(五〇九戸)、上層(七デナリ以上)の納税者はわずか三パーセント(一〇六戸)にすぎなかったという、きわめてアンバランスな所得構造が浮かび上がってくる。』(86頁)

このような格差の大きい所得構造は当時経済発展していたイタリアやドイツの諸都市でも見られる、中世後期のヨーロッパに共通した現象であったという。ゆえに当時有数の富裕な都市であったブリュージュでは貧民救済事業もまた盛んとなった。

「第4章 都市の祝祭と記憶」では中世ブリュージュの代表的な祝祭「聖血の行列」とフランドル伯に代わってブリュージュの支配者となったブルゴーニュ公の「入市式」、そしてブリュージュでの貧民救済の中心となった「聖ヨハネ施療院」が取り上げられる。

「聖血」とは文字通り聖なる血=イエス・キリストの血と伝わる聖遺物で、伝承では第二回十字軍(1147~48)に参加したフランドル伯ティエリ・ダルザスが義兄エルサレム王ボードワン3世から受け取ったものだとされるが、実際には第四回十字軍の後ラテン帝国皇帝を兼ねたフランドル伯ボードワン9世から娘のフランドル女伯ヨハンナにもたらされたものと考えられている。聖血と考えられている凝固した血液が入った容器がブリュージュの聖血礼拝堂に安置されており、十三世紀から現在まで、毎年五月二日、聖血を奉じて市内を練り歩く「聖血の行列」が行われている。

ブルゴーニュ公は伝統的なフランスの有力諸侯で、十四世紀半ばにカペー・ブルゴーニュ家が絶えると、フランス王シャルル5世の弟フィリップがブルゴーニュ公フィリップ2世として継承し、1384年、フランドル伯家の断絶によって婚姻関係にあったフィリップ2世が伯領を継承して併合、1420年、ブルゴーニュ公フィリップ3世はイングランドと同盟してフランスから離反し、独立国家ブルゴーニュ公国(1420~1477)を樹立した。フランドルからネーデルラントにかけて強力な支配体制を樹立しようとするブルゴーニュ公に対して、1436年、ブリュージュ市民が反乱を起こしたが、1438年、ブルゴーニュ公によって鎮圧され、1440年、和解と服従のイベントとして「入市式」が執り行われた。

「入市式」ではブルゴーニュ公フィリップ3世をイエス・キリストになぞらえてブリュージュを許すという活人画が上演されるなど、同時代屈指の強力な君主であったブルゴーニュ公フィリップの権威と、彼に服従し、そして入市式の豪華さでブルゴーニュ公国の繁栄を支えることになるブリュージュの富裕さが示された。

「第5章 アルティザンからアーティストへ アルス・ノヴァの世界」ではブルゴーニュ公フィリップの庇護下で栄えた芸術・文化の諸相が描かれる。ブルゴーニュ宮廷の繁栄の様子と後にハプスブルク家に受け継がれ現在、有数のメンバーシップとして知られる金羊毛騎士団について紹介されるのに続いて、ブルゴーニュ公フィリップ3世に仕えたヤン・ファン・エイクと初期フランドル派の画家たち、十五~十六世紀のブリュージュで発展したフランドル・ミニアチュールの「時禱書」などの代表作たち、やはりブルゴーニュ公国の庇護下で発展した中世音楽を代表するフランドル楽派の隆盛、そしてグーテンベルクによる活版印刷の実用化を受けていち早く活動を開始するブリュージュの印刷業者による活字本の登場と人文主義的文化の誕生が取り上げられる。

「第6章 ブリュージュの近代と「神話」の形成」では十六世紀から現代までのブリュージュの変容の過程がまとめられている。中世、繁栄を謳歌したブリュージュは1477年、ブルゴーニュ公シャルル突進公の戦死によるブルゴーニュ公国の崩壊を受けて、ハプスブルク家に受け継がれるが、十六世紀、フランドル地方の商業の中心はブリュージュからアントウェルペンへと移り、次第に商業都市から文化都市へと移行。北部ネーデルラントが独立して覇権国家オランダとしてヨーロッパに君臨するのを横目に、ブリュージュを含むフランドル地方はハプスブルク家に従属し、十九世紀、ベルギー王国が誕生して産業革命に直面したとき、変化に対応できず失業者があふれる貧困都市へと没落した。十九世紀末に、新たに港が建設されて再生を果たし、世界大戦での破壊から復興して、歴史的建築や伝統文化が有名な文化都市として現在へと至る。

ブリュージュが、いかにして繁栄し、どのような文化を生み出し、中世ヨーロッパにおいてどれほど重要な位置にあったか、本書を通じてよく理解することができる。まだ懐かしのホイジンガ「中世の秋」の副読本としても、あるいは美術史・建築史・文化史の面でも情報が詰まっていて非常に有用だ。

近年の中世ヨーロッパ研究で特に活気あふれる、と思われるのがブルゴーニュ公国・フランドル地方研究で多くの論文や研究成果が次々と出されている。『西洋中世研究 第8号 特集:ブルゴーニュ公国と宮廷――社会文化史をめぐる位相』(2016年)や藤井美男 編/ブルゴーニュ公国史研究会『ブルゴーニュ国家の形成と変容 権力・制度・文化』(2016年)などがまとまった論集である。ブリュージュはその中心となる重要な都市で、本書から、ブルゴーニュ公国やフランドル地方史や中世ヨーロッパ商業などについて視野を広げていくと、自ずと、近年の西洋史研究の最前線に触れることができるようになる、という点でもお勧めの新書である。

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