『図説 中世ヨーロッパ武器・防具・戦術百科』マーティン J.ドアティ 著

中世ヨーロッパ(五世紀末~十五世紀末)期の戦争に関わる様々な事柄を豊富な図像を交えて網羅的に解説した一冊。

中世ヨーロッパの戦争というと、重装備の華やかな騎士のイメージばかりが先行するが、中世の戦争の多くは政治的・経済的利益を目的とした貴族同士の領地争いや利権の奪い合いであり、野戦よりも攻城戦や拠点の襲撃などが大半であった。その中で、戦闘を担う軍隊の構成として騎兵、歩兵、投射兵、工兵の四つが発展した。本書ではその四種について章立てられて、それぞれの発展の歴史と歴史的位置付け、戦術、装備、個々の戦闘技術が具体的な戦闘例や図案とともに説明されている。

騎兵だけ歩兵だけの軍隊というのはまずありえない。野戦にしても攻城戦にしても騎兵、歩兵、投射兵、工兵が混合部隊を形成することになるが、この指揮命令系統を確立するのは至難の業だった。諸兵科連合などと呼ばれる軍制が確立するのは近世以降のことで、中世ヨーロッパの軍隊は個人の力に頼るところが大きい。

『この時代の戦争では、個人が大きな意味を持っていた。たいていの部隊は――騎士から農民までは――たんに一緒に戦っているだけの個人の寄せ集めにすぎなかった。したがってそのような部隊の雰囲気は、おおむねそこに属する兵士たちの人柄で決まった。これは軍隊の各部門の指揮者についても同じである。指揮官たちのあいだに信頼感があれば、あるいは総指揮官がそれぞれの指揮官の動きをコントロールできれば、力を合わせて戦うことも可能となる。』(15頁)

しかし、中世の戦争では皆名誉欲や目前の利益、己の手柄を重視して戦うので、彼らをコントロールするのは非常に困難であり、彼らは指揮官の条件として最前線で勇敢に戦うことを求めるので、指揮官自ら彼らの上に立つにふさわしいことを証明し続けなければならない。部隊の規律や統率は指揮官個人の力や所属する兵士たちの関係性に大きく左右された。

騎士のような重騎兵はもちろんだが、軽騎兵にもページが割かれているのは嬉しい。軽騎兵は騎士が主力となった西ヨーロッパではあまり重視されなかったが、東ヨーロッパでは主力として活躍した。斥候や補給部隊、迅速さを求められる援軍、襲撃作戦などその役割は多岐に渡った。

『軽騎兵による見張りや前哨地での働きは、戦いを進めるうえで大きな影響を及ぼした。偵察隊や輜重部隊として活躍する軽騎兵は、進軍する地域の情報や補給品を集めながら、敵の同様の活動の阻止にも貢献した。』(131頁)

本書ではその軽騎兵が華やかな活躍をした1410年のグルンヴァルトの戦いが詳述されている。個々の高い戦闘力を誇る強力なドイツ騎士団の装甲騎士たちをリトアニア軽騎兵による機動力を生かした波状攻撃で撃滅する展開は実に熱い。

歩兵は共同体の戦士団や民兵から始まり、職業兵士へと発展して王を守る近衛兵(ハスカール)などが登場、一方戦闘が大規模化するにつれて農民たちが徴募兵として動員された。職業兵士たちは歩兵に限らず騎兵や弓兵・弩兵なども含めてマン・アット・アームズと呼ばれて戦争の主力となり、傭兵たちが登場してその多くを担うことになる。

ハスカールの活躍として知られるのが、イングランド王ハロルド2世がヴァイキングを破ったスタンフォード・ブリッジの戦い、ノルマンディー公ギヨーム2世(ウィリアム1世)との天王山の戦いとなったヘースティングズの戦いなどであった。また、ヴァイキングの戦士を多く近衛兵として編成したビザンツ帝国のヴァリャーギ親衛隊も名高いが、これらも詳述されており、中世ヨーロッパの歩兵の歴史についても非常に理解が深まる。

歩兵の花形というと熟練した剣術で長剣を巧みに扱う剣士なのだろうが、使い方次第では戦局を大きく動かすことになる、ヨーロッパ最強を謳われたスイスの長槍兵をはじめとした槍兵の働きは本書を読んでいても実に面白い。多くは徴募した農民に安価な武器として槍が与えられて戦場に補助兵力として投入されるが、練度の高い槍兵になると目覚ましい働きをするようになる。スコットランド軍やスイス軍は槍兵の練度を高めることで強力な敵を幾度も打ち破った。

投射兵部隊は弓兵、弩兵、弓騎兵、そして中世後期に持ち運び可能な火器が登場してからは火縄銃兵などが加わる、遠距離攻撃を行う部隊だが、攻撃力や連射性は抜群だが扱いが難しく高い練度が求められる長弓兵と、誰でも扱えて攻撃力も高いが、射撃までの準備に時間がかかる弩兵という違いは面白い。特に弩兵が多く採用されたフランスでは騎士からは随分と下に見られてなかなか有効な活用がされなかった。逆にイングランドでは自営農民中心に長弓兵を育成して、彼らを効率的に活用する術を熱心に研究していた。この差は百年戦争において、クレシーの戦い、ポワティエの戦い、アジャンクールの戦いなどで如実に表れることになる。弓兵から銃兵へと至る変化については本書とともにバート・S・ホール著(市場泰男訳)『火器の誕生とヨーロッパの戦争』(平凡社,1999年)が詳しいのでお勧めである(絶版だが)。

中世ヨーロッパにおける戦争の最大の目標は敵の拠点を攻略したり城を手中に治めたり地域を掠奪したりすることだったから、中世ヨーロッパにおいて――中世だけでなく近世以降もずっと、そしてヨーロッパ以外の地域でも――戦場でもっとも働いたのが工兵部隊である。城攻め、攻囲戦、野戦などありとあらゆる戦場で工兵の働きは必須であった。塹壕や坑道を掘り、城壁を破り、野戦築城や防御柵を構築し、破城槌や投石機、火器が登場すると大砲を扱って、と戦場における下準備や技術的な面の全てを担った。特に攻城・攻囲戦などでは工兵を守ることが他の兵科の最大にして最重要の役目であり、敵にしてみれば工兵を撃滅することこそ最大の目標であった。

攻城戦における工兵の働きは多岐に渡る。中世の城は、最初は木造の簡易的な施設だったものが石造りになり堅固な城壁を何重にも備え、洗練された様々な防衛機構が整えられていった。これに対する工兵の技術も要求水準もどんどん上がっていく。

『攻囲戦は専門家が扱う戦争であり、熟練した攻囲戦技術兵が作戦行動を決定的に左右した。』(283頁)

工兵部隊や砲兵部隊の熟練した技術兵が最新鋭の攻城兵器を扱い攻囲計画の立案実行にも参画して戦局を左右する一方で、工兵部隊の仕事としては塹壕掘りといった低練度でもできる危険な肉体労働もあり、こちらは大量の未熟練農民兵が動員された。同じ肉体労働でも坑道掘りはより熟練した技術者の力が必要とされた。

本書を読めば、中世ヨーロッパの戦争が、騎士の突撃やトーナメントだけではない、多様でかなり緻密な実態を持っていたことがわかるだろう。本書とあわせて分野別の専門書を読むとより理解が深まると思う。

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