「水中考古学」は海底や湖底などに沈んだ建築物や都市などの水中遺跡、沈没船や水没者の遺品などの遺物の発掘・保存・調査を行う考古学の一分野である。陸上の考古学と違って水中探査が必要なため技術的な壁があり、発展したのはここ半世紀ほどと非常に新しい。それゆえ、水中考古学の分野では近年目覚ましい発見が相次ぎ、日々ニュースになっている。
そんな新しい考古学はどのようなものか、日本の水中考古学のパイオニアであり、テレビや雑誌、ウェブ記事をはじめ水中考古学を紹介した書籍を多く著している井上たかひこ氏による「水中考古学」ガイドの一冊で、その副題通り、これまでに水中で発見された様々な遺跡・遺物の紹介を通じて「水中考古学」の世界の広がりを目の当たりにできる。
本書の目次は以下の通り。
第一章 ツタンカーメン王への積荷――水中考古学の曙光――
コラム1 「引き揚げてから」が考古学
第二章 元寇船の発見
コラム2 女王クレオパトラの海中宮殿
第三章 海を渡った日本の陶磁器
コラム3 近代の海難事故――エルトゥールル号とタイタニック号――
第四章 中国の沈船、韓国の沈船
終章 千葉県勝浦沖に沈む黒船ハーマン号
おわりに
特に著者最初のフィールドワークとなったトルコ南部カシュ沖の地中海に沈んでいたウル・ブルン難破船(紀元前1300年頃)の調査について描く第一章と、現在著者が取り組んでいる1869年に熊本藩が函館戦争に向けて藩士を送る際にチャーターした米国の蒸気船ハーマン号の調査について描く終章は著者の体験談も豊富に盛り込まれ、臨場感があって読み応えがあり面白い。
特に、水中調査は機材も人員もかなりの費用がかかることもあって、特に資金面で苦労していることが伝わってくる。
『水中考古学の現場では資金難が常時つきまとっているが、諸外国では社会貢献の一環として、有力な私企業が支援するケースも多い。私たちのプロジェクトにも、心あるスポンサーが現れてくれることを切に願っている。』(216頁)
もし水中考古学の調査で資金が豊富にあれば非常に多くの、それも画期的な発見が続くであろうことは本書を読めばよくわかる。
水中考古学分野で過去最大の発見となったのがクレオパトラ水中宮殿の発掘だ。ルクセンブルク公国のヒルティ財団の後援を受け、フランク・ゴッディオ氏率いる調査チームが1992年からアレクサンドリア沖の調査を開始、四年目の1996年、女王クレオパトラの宮殿跡やアントニウスの住居跡などが発見され、世紀の大発見と話題になった。この前年には同じアレクサンドリアでアレクサンドリア湊の入り口付近の海底から世界七不思議の一つ「ファロスの大灯台」も見つかっている。
日本では2000年代以降、九州地方で長期の水中調査を経て元寇船の発見が続いた。元寇船の発掘調査については『海底に眠る蒙古襲来: 水中考古学の挑戦 (歴史文化ライブラリー)』(池田榮史著,2018年)など近年書籍が多く出ており、本書では同書の著者池田榮史氏の元寇船発掘調査について第二章で詳述されている。元寇船の考古学調査は現在も進行中で、今後の調査に注目が集まっている分野だ。
水中考古学は1943年、フランスの海洋学者ジャック=イヴ・クストーによるアクアラングの開発を契機に始まり、1960年、トルコ南部ゲリドニア岬で紀元前1200年頃の難破船調査を手掛けたジョージ・バス博士によって確立された、非常に新しい学問である。
『世界の海にはまだ三〇〇万隻もの沈没船が眠っているといわれていますが、島国日本の周りにも、まだ日の目を見ていない遣唐使船、御朱印船、南蛮船など、何千もの歴史的な船が埋もれているはずです。また、船だけではなく、突然の大地震や洪水で海に沈んでしまった島々、水位上昇などの自然現象で水没した村落、港湾なども少なくはありません。
近年行われた調査によれば、日本の水中遺跡の数は四五〇を超えることがわかっていますが、実態はこれをはるかに上回るでしょう』(218頁)
企業はこの分野に投資すれば、「世紀の大発見」を生み出したスポンサーとしてその名を轟かせることができるのではないだろうか。参考までに、当サイトで紹介した最近(2019年6~7月)の「水中考古学」分野での発見のニュースをまとめて列挙しておこう。





本書を読めば、この「水中考古学」の現状と可能性についてよくわかる内容になっており、特に学生さんたちはもしかすると将来を決める一冊になるかもしれない。そんな魅力ある水中考古学ガイドとなっている。