オスマン帝国との戦いで勇名を馳せ「串刺し公」の異名で知られるワラキア公ヴラド3世(1431~1476年、在位1448,1456~62,1476~77)を主人公にした大河歴史漫画『ヴラド・ドラクラ』(大窪晶与作、ハルタ連載)の第三巻の感想です。

衝撃のラストだった二巻に続いて、三巻では大貴族アルブとの戦いが決着。ワラキアはヴラド3世の下で安定をみることになります。また、英傑フニャディ・ヤーノシュも回想で登場し、ヴラドに大きな影響を与えたエピソードが挿入されています。ついに本巻で宿敵メフメト2世登場。若き日のヴラドとの出会いと友情、そして訣別の思い出が描かれています。そのメフメト2世率いるオスマン帝国がワラキア公国へと目標を定め、その対抗としてヴラドはハンガリー王マーチャーシュ1世の従姉妹イロナ・シラージとの政略結婚に乗り出します。もちろんこれらの背後で盛んに動く外交・謀略戦と、三巻でも見所たくさんでした。
丁度二巻まで続いたヴラドによるワラキア国内統一の動きが決着して伏線が収束していくとともに、おそらく本作最大の見せ場となるであろう対オスマン戦争に向けた準備が整えられていく巻となっています。3巻でもひりひりするような駆け引きが描かれて、一瞬たりとも目が離せないのは1、2巻と変わらず、シリーズを通しての魅力です。
新登場の皇帝メフメト2世が実に魅力的な、人間味あふれる帝王で、申し分なくかっこいい。漫画・小説・ドラマなどジャンルを問わず魅力的なライヴァルの存在は物語を盛り上げる必須のファクターですが、本作も手際よくメフメト2世の魅力を描いていて、今後も面白さが続きそうだという期待感を抱かされました。
ヴラド3世の妻について
もうひとつ注目は、ヴラド3世の新妻イロナ・シラージの登場です。歴史上のヴラド3世は二度結婚しており、最初の妻は名前や出自などよくわかっていませんが、二番目の妻として知られているのがハンガリー王マーチャーシュ1世の従姉妹シラージ・ユスティナ(英語” Justina Szilágyi”,ハンガリー語” Szilágyi Jusztina”注1)です。
シラージ家は実在した中世ハンガリー王国の名門で、フニャディ・ヤーノシュの正妃シラージ・エルジェーベト(注2)を輩出しています。ユスティナはエルジェーベトの兄オシュヴァト”Osvát”(注3)またはラディスラウ?の娘と考えられており、フニャディ・ヤーノシュとエルジェーベトの子がマーチャーシュ1世となるので、確かに従姉妹となります。二番目の妻は異説があり、エルジェーベトの長兄でハンガリー摂政だったミハイ” Mihály”(注4)の娘イロナ” Ilona”であったとするものもあるようです(注5)。
というわけで、3巻で登場のヴラド3世の最初の妻イロナ・シラージと同名の人物が確かにヴラド3世の関連人物、しかも妻候補の説の一つとして存在しています。ただし、歴史上のイロナは二番目の妻の異説に留まり、イロナとユスティナは同一人物とも目されています。簡単に調べて見ても、本作は非常に丁寧にヴラド3世に関する歴史を調べてあることがわかりますね。
このような背景で、イロナはどのように描かれるでしょうか。作中のイロナはとても魅力的で好きにならずにはいられないキャラクターをしていますが、歴史上の名も知られぬ第一の妻と同じ運命を辿ると・・・覚悟しなければなりませんね。
ところで余談ですが、ヴラド3世の第一の妻について、フニャディ・ヤーノシュの女庶子、つまり愛妾の娘とする説があるようです(注6)。おや?これはもしかして、「乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ」最終回と繋がったのでは・・・ヴラド3世妃クラーラのスピンオフなんてどうでしょうか?って、それだとクラーラちゃんが不幸になってしまうので却下だ。
というわけで、ヴラド・ドラクラ、引き続きとても楽しみな作品です。
脚注
注1)Justina Szilágyi – Wikipedia(2020年3月18日閲覧)
注2)Elizabeth Szilágyi – Wikipedia(2020年3月18日閲覧)
注3)Osvát Szilágyi – Wikipedia(2020年3月18日閲覧)
注4)Michael Szilágyi – Wikipedia(2020年3月18日閲覧)
注5)”Radu Florescu writes that a daughter of Michael Szilágyi, Ilona, was Vlad’s second wife “(Justina Szilágyi – Wikipedia)(2020年3月18日閲覧)
注6)”His first wife may have been an illegitimate daughter of John Hunyadi, according to historian Alexandru Simon.”(Vlad the Impaler – Wikipedia)(2020年3月18日閲覧)