圧巻の織田信長キャラ703名総覧『信長名鑑』(姫川榴弾 著)感想

世の中、右を向いても左を見ても織田信長で溢れている――戦国乱世を切り拓く合理主義的改革者だったり、恐怖で支配する残虐な殺戮者だったり、第六天魔王を称するこの世の者ならざる怪物だったり、タイムスリップしてきた女子高生ヒロインと恋に落ちるオレ様イケメンだったり、グラマラスでセクシーなツンデレ美少女だったり――そんな織田信長をモデルとしたキャラクターを、十六世紀の歴史的な肖像画からソーシャルゲームまで585作品703名、整理分類し一覧にしたのが本書です。素晴らしい労作と言わざるを得ない。

大河ドラマ・時代劇等実写映像作品、キャラクターイラストが掲載されていない小説、歴史研究書などは対象外なので、アニメ、ゲーム、漫画、ライトノベルなどサブカルチャーの中で”描かれた”織田信長がまとめられています。

「信長名鑑」214頁<br />

「信長名鑑」214頁
© 姫川榴弾/みやま零/太田出版

「信長名鑑」215頁

「信長名鑑」215頁
© 姫川榴弾/みやま零/太田出版

年代別リストとあわせて「深掘り織田信長」として「創作物の信長キャラクター分析」「信長登場作品が多い理由」などの考察やミニコラムとして「『信長の野望』の影響力」「少女向け作品と信長公」「パチンコ機種と信長公」「異世界チートと信長公」などの信長創作にまつわる背景情報、「信長はじめて物語」として例えば「はじめて魔物になった信長公は?」「はじめて女の子になった信長公は?」「はじめて現代人の女の子と恋をした男性の信長公は?」などの初出情報が紹介され、最後のまとめとして織田信長が創作物に登場して変容を遂げる略史などが整理されていて、様々な発見に満ちています。

本書を参考に大まかな織田信長創作史を概観すると、80年代、王道な歴史漫画の登場人物として織田信長が描かれ、コーエーのPCゲーム「信長の野望」(83年)が発売されて大ヒットシリーズとなる一方で、伝奇物ブームを背景に第六天魔王のイメージから、漫画「孔雀王」(85~89年連載)アニメ「戦国奇譚 妖刀伝」(87~88年)などで魔物と化した織田信長が描かれています。工藤かずや原作/池上遼一作画「信長」が1987年なんですねぇ。当時凄い夢中で読んでいたのですが、著作権上の問題で一時中断したんですよね――本書によれば西洋甲冑とマント姿の織田信長の漫画での初出とか。

90年代の転機として本書で特筆されているのが大河ドラマ「信長 KING OF ZIPANGU」(92年)の存在で、本作と女性向けノベル「炎の蜃気楼」(90年)のヒットが女性向け作品が登場しやすい土壌を作ったといいます。「信長 KING OF ZIPANGU」は緒形直人が信長を演じて従来の強い信長像から一転、ソフトイメージで描いた作品で、歴代大河ドラマの中でもどちらかというと非主流に属する作品という印象がありました。私も当時、途中で視聴をやめてしまっていたが、実は強い影響を及ぼしていたことを知り驚きです。見直してみようか。

本書のリストを見ても、90年代、少女漫画や女性向け小説でイケメンな織田信長が続々と登場し、ギャグ・コミカル路線の織田信長も描かれるようになっていて、一気に潮流が変わっていることがわかります。タイムスリップした現代人の女子高生と恋に落ちる織田信長の初登場も、女性化織田信長の初登場も95年のことらしいです。前者は倉本由布 著/本田恵子 イラスト「きっとめぐり逢える~濃姫夢紀行」(コバルト文庫)、後者は藤原眞莉 著/藤原多恵 イラスト「帰る日まで」(コバルト文庫)という作品とのこと。裾野の広がりが多様性を産むという、文学史・文化史でもお馴染みの光景がここでも見えるのは非常に面白いですね。

また、本書では、偉人女体化の流れとして2000年頃に相次いで発売された新選組や水滸伝・三国志の人物を女体化した成人向けゲーム・漫画(「行殺♡新選組」(2000)「どきどきすいこでん」(2001)「一騎当千」(2000~))の存在を挙げ、当初はイロモノ扱いだったとしています。2007年に発売された成人向けゲーム「恋姫♰無双」の人気を経て、ブラウザゲーム「艦隊これくしょん」(2013年~)までに一般的に受け入れられていくことになったとしています。本書では挙げられていないですが、神話・歴史上の女性の名をとることが多い戦乙女/姫騎士系成人向け作品や、PCゲーム時代の「Fate/stay night」(2004年)も少なからず影響があったのではないでしょうか。

その上で、前出の「帰る日まで」に続く、2000年代最初の織田信長女体化作品として、2005年発売の三輪清宗・小太刀右京著/鈴吹太郎・F.E.A.R.監修「異界戦記カオスフレア」(新紀元社)が挙げられています。リストを見ると、2008年頃に概ね成人向け作品で女性化信長が一気に登場しており、まず成人向け分野で広まったことがわかります。翌2009年、春日みかげ著/みやま零 イラスト「織田信奈の野望」(GA文庫/のち富士見ファンタジア文庫)の人気にともない、2010年代、主にソーシャルゲームの分野で織田信長女体化が爆発的に浸透することになるという流れのようです。

一覧から様々なことがわかり、織田信長創作文化史の一端を垣間見ることができてとても面白いし、この力作は今後、研究分野でも文化史の参考資料として非常に重視されることは間違いないでしょう。アーサー王物語研究など文学史を見てもわかるように、創作物の変容の過程は非常に重要なテーマだからです。また、創作物では何をもって織田信長らしさとされているのか?も本書では整理されており、織田信長のイメージ形成史という観点でも非常に興味深い内容でした。

ところで一つ気になったことがあります。「はじめて魔物になった信長公は?」として荻野真作「孔雀王」(85~89年ヤングジャンプ連載)に登場する織田信長が挙げられ、『1988年刊行の単行本第10巻に登場』と紹介されていますが、だとすると、1987年のアニメ「戦国奇譚 妖刀伝」の方が先になるのではないでしょうか。

微妙な時期なので本誌連載時期が遡るのかもしれない、と思い、10巻電子書籍版で確認しましたが本誌連載時期はわかりませんでした。闇の大日如来戦で孔雀王が顕現して月読様初登場で裏高野が・・・ということで当時リアル中高生だったため懐かしすぎて読むのが止まらなくなったわけですが。信長関係ないですけど大日如来像の頭部に触手生やす「闇の大日如来」のデザイン、気持ち悪すぎて天才の所業としか思えない。

本書では「孔雀王」の織田信長は1985年にリストアップされ、同様に、「境界のホライゾン」VI下(2016年発売)に初登場する「織田・信長」が2008年、Fate/Grand Orderの信長たち(2015年実装の「織田信長」の他、2019年のイベントで登場する本物信長とか魔王信長とか)も同ゲームリリース年の2015年にまとめてリストアップされているなど、リスト化の際に信長が途中登場するシリーズ物は織田信長キャラ初登場時ではなく刊行開始年で並べられているので、混同が起きやすいようにも思えます。

本作から漏れている織田信長登場作品について以下のリンクでまとめられていますね。

信長名鑑 - アニヲタWiki(仮)
登録日:2019/11/22 Fri 23:39:12 更新日:2023/06/25 Sun 16:09:30 所要時間:約 6 分で読めます ▽タグ一覧 みやま零 信長名鑑 労作 太田出版 姫川榴弾...

あと個人的にやっている「御城プロジェクト:RE」の織田信長まで収録されていて驚きました。メインストーリー結構進めないと出てこないし、プレイしていないと知らないレベルでマイナーな気がするのですが。網羅性の高さがよくわかるチョイスです。

#御城プロジェクト:RE 御城プロジェクト:RE 敵兜「織田信長」 - ケースワベ【K-SUWABE】のイラスト - pixiv
引き続き「御城プロジェクト:RE」にて敵兜「織田信長」のイラストを担当しました。よろしくお願い致します。公式サイト

なお、このケースワベさんのデザイン、人間じゃないのに信長ってわかる絶妙な特徴押さえたかっこよさで実に好きです。

一家に一冊、大学図書館に一冊、文学史系の研究室に一冊レベルでお勧めですが、まだまだ調査中とのことでさらなるボリュームの増補改訂版に期待したいです。本書に応えて、本書が対象外としている実写・小説・文学作品の織田信長たちの変遷をどなたかまとめて刊行していただけると、主に私がとても喜びます。

Amazon欲しい物リストよりお贈りいただきました。ありがとうございました。

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