『ハンザ「同盟」の歴史ー中世ヨーロッパの都市と商業』高橋理 著

十二世紀から十七世紀にかけて、北海・バルト海交易の主要プレイヤーとして中世ヨーロッパ経済で存在感を発揮した都市連合体「ハンザ」とは何だったのか?誕生から消滅、その後の影響までを描いた、日本語文献としては随一と言っていい概説書である。

著者の『ハンザ同盟−中世の都市と商人たち(教育社歴史新書)』(1980年)を近年の研究動向を反映させて大幅に増補改訂したもので、特に「第七章 ハンザ諸都市の群像」「終章 ハンザの文化遺産」が今回新たに加えられたとのこと。

日本では「ハンザ同盟」の名前で良く知られているが、本書のタイトルが括弧書きで「同盟」となっていることからもわかるように実は少しおかしい表現である。本書の序章でまずこのハンザの語義について詳述されている。

「ハンザ” Hanse”」は普通名詞で「団体」「組合」を意味し、中世の同職組合であるギルドの中でも商人の組合を指して使われたから、「ハンザ同盟」以外に多数のハンザが存在していた。また「同盟」とつけられているが、ハンザに加盟した全都市による同盟条約を締結したこともなければ、同盟が通常有するはずの何らかの拘束力も、専従の運営組織も持ち合わせていなかった。国際法上の「同盟」を構成するはずの要件を全く満たしていないのである。ただし、一部の都市間で時々、必要に応じて同盟条約が締結されたり、末期の十六世紀になって運営組織が設置されたりはしている。中世ドイツで成立した他の多くの都市同盟とは大きく違っているが、これらと混同されやすかったため『ハンザを国際政治的な同盟と同一視する誤解が生じた』(30頁)のだという。

本書ではユトランド半島の付け根に位置する『ハンザ「同盟」』の中心都市リューベックの動向を中心に、自然発生的に生じて来る都市連合体としてのハンザが時に都市間で対立し、諸王権と戦いながら、急速に北方貿易で独占的な地位を築いて十四世紀に最盛期を築き、十五世紀、中央集権化を進める諸国や台頭するオランダやイングランドの新興商人との競争の中で衰退し、消滅していく過程が丁寧に史料を読み解きながら描かれていく。

地中海を中心とした南方貿易と北海・バルト海を中心とした北方貿易の違いについての指摘はとても面白い。地中海貿易では、近年穀物貿易の重要性がよく知られるようになってきてはいるが、基本的に貴族など富裕層を顧客とした奢侈品が中心となる。対する北方貿易では奢侈品は控えめで生活必需品が中心であった。ゆえに南方貿易は投機的傾向が強まり、抜け駆け上等、必然的に取り扱う商人たちは多くの資金を集める必要性が出て来るので、会社組織が生まれ、メディチ家のような巨大資本家が登場する。対する北方貿易は生活必需品が中心なので顧客は大衆となる。

『大量の必需品を恒常的に取り扱う北方貿易では、商人同士の協力が必要であった。特定の者が抜け駆けをすれば、北方の取引体系全体に支障が生ずるからである。そうして、この否応なく必要となる協力こそはハンザを成立せしめた根源の一つでもあった。その代わり投機性が乏しく、抜け駆けが困難だから特定一個人が群を抜いた豪商にはなりがたかった。だから北方貿易では中小規模の資本力を備えた多数商人の結束という形態をとらざるをえない。北方貿易がハンザという商人連合を生み出しながら、南方のメディチ家に匹敵しうる巨大富豪を生み出さなかったのはこのためである。』(26頁)

拘束されない商人・商業都市間の緩やかな連合というのは至極中世的である。ゆえに、近世的な萌芽が芽生える十五世紀に衰退がはじまるのは、歴史の必然だったのかもしれない。強力に中央集権化を進めるデンマーク王、イングランド王、モスクワ大公、ブルゴーニュ公といった諸王侯との対立や、オランダ商人、イングランド商人といった新興商人との激しい競争の中で、内部の利害対立も絡んで衰退していく様に大きな歴史のうねりを感じざるを得ない。

『何事であれ制度というものは没落に向かいつつある時が一番完備していることが間々あり、ハンザもその例にもれない。没落から立ち直ろうとする危機意識から意図的な機構整備がなされるからである。』(254頁)

ここは実に的確な指摘であると思う。ハンザの機構改革はいかにして行われ、それはなぜハンザの消滅を回避することが出来なかったのか?本書で具体的に描かれていて「失敗の研究」的な趣きがある。

ちなみに、wikipedia日本語版の「ハンザ同盟」の項は2020年5月25日現在、本書を唯一の参考文献・出典として書かれているが、出典不明で本書の内容と矛盾する記述も散見されるので、wikipediaを読んでより詳しく知りたいとか疑問に思ったことがあれば、本書を読むのが良いと思う。

また、巻末の文献紹介も解説付きで非常に充実しているので、さらに理解を深めたい人にも有用だ。

序 章 ハンザ「同盟」とは何か
  1 中世ヨーロッパの都市と商業
  2 ハンザのなりたち
第1章 ハンザの前史
  1 ハンザの商業展開の前夜
  2 リューベクの建設
第2章 商人ハンザの時代
  1 ハンザ史の時代区分
  2 ドイツ商人のバルト海進出
  3 バルト貿易初期の様相
  4 北西ヨーロッパ貿易初期の様相
第3章 都市ハンザの成立
  1 バルト海岸諸都市の建設
  2 リューベクの発展
  3 自然発生の都市連合
  4 北方都市同盟の発生
  5 対デンマーク戦争と都市ハンザの確立
第4章 一四世紀前後のハンザ貿易
  1 ハンザのスカンディナヴィア進出
  2 バルト貿易の進展
  3 フラソドルの情勢
  4 イングランドにおけるハンザの経済進出
第5章 ハンザの機構および貿易と都市の態様
  1 ハンザ総会
  2 ハンザの中央機構
  3 ハンザの外地商館
  4 ハンザ貿易の態様
  5 中世ハンザ都市リューベクの完成
  6 ゴシック都市リューベクの完成
第6章 ハンザの衰退
  1 中世末期のハンザをめぐる国際情勢
  2 中世末期におけるハンザとイングランドの関係
  3 オランダ商人との競争
  4 ハンザ内部の動揺
第7章 ハンザ諸都市の群像
  1 ライン地方
  2 ハンブルク
  3 ブレーメン
  4 バルト海岸諸ハンザ都市
  5 ダンツィヒ
  6 リーガ
第8章 ハンザの末路
  1 外地商館の没落
  2 イングランドにおけるハンザ貿易の末路
  3 ハンザ最期のあがき
  4 ハンザの滅亡
終 章 ハンザの文化遺産
商品詳細 – ハンザ「同盟」の歴史 – 創元社

Amazon欲しい物リストよりお贈りいただきました。ありがとうございました。

Amazonほしい物リストを一緒に編集しましょう

中世ヨーロッパの都市関連書籍紹介記事

『中世ヨーロッパの都市の生活 (講談社学術文庫) 』J・ギース/F・ギース 著
中世盛期、シャンパーニュの大市で栄えたフランス・シャンパーニュ地方の中心都市トロワを舞台にして、中世都市に生きる人々の姿を描いた、同著者の「中世ヨーロッパの城の生活」「中世ヨーロッパの農村の生活」(いずれも講談社学術文庫)と並ぶロングセラー...
『中世ヨーロッパの都市と国家―ブルゴーニュ公国時代のネーデルラント』マルク・ボーネ著
中世ヨーロッパの都市は十世紀頃から地中海沿岸の北イタリアと北海沿岸の低地地方(ネーデルラント)を中心に発展し、次第にヨーロッパ各地に広がった。本書は、ベルギー・オランダ中世史の第一人者であるベルギー・ヘント大学教授マルク・ボーネが十四~十五...
「中世ヨーロッパの都市世界 (世界史リブレット 23)」河原温 著
入門者向けに世界史上の様々なテーマについて80~90ページほどのコンパクトなサイズでまとめて読める、とてもありがたい山川出版社の世界史リブレットシリーズから、そのものずばりな中世ヨーロッパの都市について概観した本書は、とてもお勧めである。 ...
『ブリュージュ―フランドルの輝ける宝石 (中公新書) 』河原温 著
ブリュージュ(ブルッヘ)はベルギーの主要都市で「北方のヴェネツィア」とも呼ばれ、中心街区が「ブルッヘ歴史地区」として世界文化遺産にも登録されている中世以来の歴史ある都市である。本書ではそのブリュージュの歴史と文化を、十~十五世紀の中世期を中...
タイトルとURLをコピーしました