「乙女戦争外伝Ⅰ 赤い瞳のヴィクトルカ」はフス戦争を描いた「乙女戦争」の外伝第一作。本編1巻時期より少し遡ってフス戦争の勃発を描く前日譚的な内容です。

1419年、貧困から母を亡くして娼婦となった特徴的な赤い瞳を持った少女ヴィクトルカは、ほどなくして母の死因と同じ病に罹ったことで人生に絶望します。そのころ、プラハの街で起きたフス派の民衆がプラハ市役人を市庁舎から投げ出した「プラハ窓外放出事件」に遭遇した彼女はフス派の暴動に参加、死を恐れぬ戦いぶりで知られるようになるという内容です。
激しく教会批判を行ったプラハ大学の神学者ヤン・フスが異端判決を受けて処刑されたことを契機としてフスの処刑に反発する人々がフス派を形成し、やがて武力闘争へと至るのがフス戦争ですが、これには教会の腐敗が目に見えて明らかであったことが大きな要因としてあります。神聖ローマ皇帝カレル4世(カール4世)の教会優遇政策による特権を背景に聖職者たちが富をため込むだけでなく、人々から何かにつけて金品を奪い、互いに争う姿に対する人々の不満が限界に達したところに、フスが厳しい批判を向け、にもかかわらず教会はフスを異端として処刑してしまいました。富める者と貧しい者の格差が広がる社会の矛盾、信仰のあり方、権威への反発、ドイツ人より低い地位に甘んじさせられたチェコ人としての不満、などが複雑に絡み合って一気に爆発して始まったのがフス戦争です。
単行本の付録解説として「フス戦争の幕開け」「ワゴンブルク戦術の誕生」「中世の娼婦」があり、このフス戦争勃発の背景について詳しく書かれているので本書一冊で歴史的背景を理解しつつ読み進めることが出来ます。付録としてはさらに詳細な「十五世紀のプラハ地図」もついていて、非常にイメージしやすくて素晴らしいです。
このような、フス戦争勃発の矛盾を一身に背負わされたかのような悲惨な境遇に置かれているのが主人公ヴィクトルカで、絶望の果てにバチーンとはじけて死を恐れぬというよりは死へと一直線に向かっていくバーサーカー状態になっていくのが痛々しい反面、いかにも強そうな騎士たちが次々と倒され恐怖に慄く姿は痛快ですね。そして悲痛な叫びと、傷つき倒れ、あるいは繰り返される陰惨な拷問と、本編「乙女戦争」同様に全編通して痛くて痛くて痛い。「この小麦一袋でもあれば母さんは死なずに済んだよね」「そんなに命が大事ならどうして戦争するの?」など、主人公が絶望の中から発する言葉の切なさよ。
そして歴史漫画あるあるな気がするんですが、女の子×中世欧州の円形鎌の組み合わせ、何故か敵に同情したくなるレベルの恐ろしい娘になりがち・・・「クチクするのだ♪」「センメツしてきま~~す♪」「これでもうカンインできないね♪」など、何故か物騒な言葉に♪がついているのがなんというか、badassで良いですね(震え
ジシュカはまだワゴンブルク戦術を編み出しておらず、民衆中心のフス派の戦い方の中で試行錯誤を繰り返しながら適切な戦い方を見出そうとしているところで、その様子も描かれています。それゆえにフス派は大きな被害を受けることにもなり、それが本作のクライマックスを構成しています。
絶望の中に小さな希望を見出して、ヴィクトルカからシャールカへと受け継がれる非常に感慨深い展開で、「乙女戦争」ファンにはたまらない外伝となっています。まだ幸せな頃のシャールカも・・・。また、前日譚ということで、乙女戦争未読でも本作から「乙女戦争」へと読み進めるのも良いと思います。絶望と言う名の穴の底で彼女たちが手を伸ばして願った「神の御国」は果たして来るのか。
参考文献
・薩摩 秀登 著『物語チェコの歴史―森と高原と古城の国 (中公新書) 』(中央公論新社、2006年)