「〈身売り〉の日本史: 人身売買から年季奉公へ」下重 清 著

中世・近世を中心に日本において人身売買がいかにして無くならず生き残り続けたか、を通史として浮き彫りにした文字通り「身売り」の日本史の概説本。

古代から中世にかけて、人はものとして売り買いの対象だった。鎌倉・室町時代を通して時の政権も例えば無理やり誘拐や騙して売り飛ばしたりといったものは不正とされたが人身売買そのものは禁止されなかったし、戦国時代は文字通り「人取り」という奴隷売買が国内のみならず海外向けにも行われていた。江戸幕府になっても禁止されたのは人商い業と人をかどわかして売る行為であって人身売買そのものは禁止されなかった。ただ、譜代下人から年季奉公へと雇用形態が変化したことによって人身売買の対象は大きく縮小したが、男性の人身売買はほぼ無くなったものの、いわゆる遊女・売女など苦界に沈めるという行為を通しての女性の人身売買は残り続けることになった。

何故江戸時代に女性の身売りは無くならなかったのか、例えば遊女が必要とされていた、などの通説を否定して著者はこう説明している。

『やはり理由は売る側、すなわち身売り奉公に出す側から説明されなければならない。百姓の年貢未進であるとか、さまざまな債務を「イエ」内で解決するために身売りは必要とされたのである。つまり、幕藩体制社会とか領主経済を根底のところで支える仕組みの一つであり、そのために身売り(女性の性商品化)を温存する必要があった。さらに、その仕組みを維持するために、どんな貧しい「イエ」の父ちゃんにも娘を売ってもよいという御墨付き(家長権)を保障した。さらに、年季奉公人契約にすることで身売りに雇用労働としての法的な正当性を与え、あまつさえ「イエ」のためという「孝」倫理でもってカモフラージュした。』(P176)

江戸時代と言うのは中世のそれとはまた違った意味で自力救済社会である。村請制と呼ばれるように村に一定の自治を保障し、その中で年貢のとりまとめや個々の借金の保証、家族の維持と相互扶助が求められた。「イエ」単位での経営を基礎として、それでカバーできない部分を五人組とか村といった共同体で助け合う。「イエ」が存立できるように家長に一定の裁量を与えた。例えば子供を間引くのは禁止されることが多かったものの、実際は家長の裁量としてイエの持続的経営のために行われていたし、その家長の裁量権の一環でイエのために娘を、その契約形態として実質逃げ道が無いような形式が整えられた上で、富裕者の愛人となる妾奉公や遊女とさせられるなど人身売買が行われていた。また、女性の側も「孝」の倫理を前提としてそれを受け入れていた。

『年貢が払えなくなったら、食っていかれなくなったら、借金が返せなくなったら娘・妻を売ることをなぜ当然のこと、仕方のないことと誰もが思ったのか、そして売られた女性たちは、なぜ仕方がないと納得して売女稼業に甘んじたのか。身売り(人身売買・売女稼ぎ)を当然のこと、仕方のないこととすることで誰が得したのか、何が守られたのか。』(P204)

このシステムで守られるのは幕藩体制とそれ支える江戸社会という秩序であった。江戸の平和を保つ土台の組織である「イエ」保存のために人身売買はシステムとして残り、それを良しとする社会通念を形成し、その事実を大多数の人々が見て見ぬふりをすることで、江戸の平和という虚構を秩序たらしめていた。

江戸幕府が倒れ明治時代になっても借金でがんじがらめにされて自由を奪われた娼妓・女工たちの存在が社会問題として残り続けたし、帝国政府が焦土とともに瓦解しても、例えば売春防止法など戦前の人身売買に関連する諸々の職業の禁止や未成年者略取・誘拐罪など本人の意思に反して自由を奪う罪の禁止はなされても人身売買そのものは禁止されなかった。

いわば日本は「身売り」の伝統を堅持し続けてきたといえる。人身売買が法的に禁止されるのは2005年のことだ。2004年に米国務省が「人身売買白書」を作成して日本をレベル2監視対象国に認定したことを受けて、2005年に遅ればせながら国連の「国際犯罪防止条約」の人身取引補足議定書・密入国議定書を批准、刑法改正し人身売買罪を新設・直ちに施行した。律令制以来慣行として残り続けていた身売り(人身売買)が法として初めて禁止された。とはいえ、例えば外国人研修生の問題など、人身売買は現代日本社会に未だに存在する問題である。

以上のような、律令制から現代まで人身売買の歴史を多くの史料をもとに概説していて、とても勉強になった。そういえば身元保証人制度についても、江戸時代の身売り契約の一環で登場してきた経緯が説明されていてへぇと思いました。江戸時代ですでに現代と大して変わらない仕組みになっていたのね・・・って感じで。

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