「革命的群衆」ジョルジュ・ルフェーブル 著

フランス革命は民衆の行動によって王政が倒れた革命となったが、では、その民衆はいかにして革命を成し遂げる主体として行動するようになったのか。

このフランス革命を巡る民衆の研究から、社会学者ギュスターヴ・ル・ボンは「群衆心理 (講談社学術文庫)」(1895年)で「群衆」という概念を作り、人々は大勢集まると理性が後退して動物的になり破壊へと結び付く、と考えた。ル・ボンにとっては、フランス革命は啓蒙主義者など一部のリーダーに率いられた暴徒の群れということになる。一方、フランス革命時の民衆を、同一の目標に向かって行動する理性的な個人の連合として捉える、革命を特別視する人々の見方もある。

これらの見方、特にル・ボンの人間の集団を動物と同一視するような群衆観を批判する形でフランス革命時の民衆の行動を「集合心性」の形成という観点から整理したのが、歴史学者ジョルジュ・ルフェーブルの本書「革命的群衆」(1932年)である。

ルフェーブルは単純に人々が集まっているだけの「集合体」と、なんらかの目的をもって行動する「結集体」というモデルを考え、「集合体」から「結集体」へと変化する過程に、同時代の社会的・経済的・政治的な諸々の環境の影響下での「心的相互作用」による「集合心性」の形成があると考えた。そのルフェーブルの理論を簡潔にまとめたのがこの本で、彼の理論に基づいて戦後のフランス革命史や民衆運動史が発展し、アナール学派と呼ばれる民衆の心性を重視するフランスの歴史学派にも大きく影響を与えた。

「集合心性」の形成過程で彼が重視したのが「語らい(conversation)」である。革命に先立っての日々の日常的な語らいが、人々の考え方・感じ方を共通化させており、革命前夜に突如として「集合心性」が形成されたものではなかった。

『革命的騒乱が始まると、口伝えの伝達が持つ固有の特徴のひとつである情報を変容させるという性格が、集合心性の強化に強い影響を及ぼす。情報は、集合心性とうまく調和するように変形され、そうした形をとることによって、集合心性の基本的な観念を確固たるものとし、集合心性の情動的要素を昂らせることになる。一七八九年にも、その後の長い期間においても、情報の伝達は、大抵の場合、口伝えの形で実現された。通信や新聞は、そのおかれていた状態からいって、とても情報をコントロールできなかった。』(P38)

もちろんプロパガンダなども少なからぬ影響を及ぼしたし、また、集合心性の存在が、『順応主義がもたらす安心感や無責任感』(P40)ともあいまって共同体の規制力を強化し、また共同体の規制力の作用によって集合心性を強化した。

「集合心性」を形成する心的相互作用は平準化の過程を辿った。『つまり、ひとりひとりの農民が、それぞれの特別の事情で背負わされていたかもしれないような苦情の種が、全部ひっくるめて領主の責任とされるようになり、さらにそれがすべて領主の属性と考えられるようになっていく』(P41)その結果、それぞれ農民が直接・間接に接して人柄も少なからず理解していたであろう領主一人一人の個性は考慮に入れられず、利己的で悪しき意図を持つ「典型的領主」像が形成され、それがやがて「集合心性」として共有されていった。

『敵役の典型がひとたび設定されると、民衆は経済危機の原因を分析することはできなかっただけに――もっとも、専門家をもって任ずる者たちですら明確にその原因を把握するには至らなかったのだが――、経済状況が悪化すると、敵役のイメージをひたすら邪悪陰険に描くようになる。構造的な悪弊と、失業や凶作の結果として生じた一時的な疲弊とは、まったく区別されない。そのどちらについても、――実際それが当たっていた場合もあるのだが――支配階級に責任ありとみなされる。』(P44)

一気に騒乱が巻き起こると、農民たちの間では貴族・領主の陰謀論が噴出し、またたくまに農民暴動がフランス全土を覆った。歴史上「大恐怖」と呼ばれ、フランス革命を一気に先鋭化させることとなった事態に、ルフェーブルはその背景として民衆の間で長年形作られてきた「集合心性」の存在を見ている。

現代まで通じる群衆心理のメカニズムについて、基本を押さえることが出来る古典的名著の一つなので、60ページ余りの非常に短い小冊子ということもあり軽く読んでみると色々と発見があるのではないかと思う。群衆・大衆心理については丁度同時代にファシズムの台頭があったこともあって、例えばオルテガ「大衆の反逆」、フロム「自由からの逃走」、ヴァレリー「精神の危機」、少し遡ってリップマン「世論〈上〉(下)」などなど多数古典がある。

もう少しフランス革命の群衆心理について詳しく知りたい人はルフェーブルの理論を基本とした近年のフランス革命の概説本が色々出ているので、例えば柴田三千雄著「フランス革命 (岩波現代文庫)」などおすすめ。

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