「世界戦争 (現代の起点 第一次世界大戦 第1巻)」山室信一 他編

第一次世界大戦勃発から百年目を迎え、同大戦に関する書籍が多数出ているが、その中でも全四巻とかなりまとまったボリュームで出されたシリーズの第一巻。とりあえず第一巻だけ読んだ段階だが、面白い。

第一次世界大戦を日本とアジア、ヨーロッパ、アメリカそしてイスラーム世界やアフリカといった空間範囲間の相互交渉過程のなかで捉え』(P5)、『第一次世界大戦のもった「世界性」の意義を改めて問い直す』(P4-5)との趣旨で第一次世界大戦を「世界性」「持続性(現代性)」「総体性」をもった現代の起点として総括したシリーズということのようだ。第一巻ではヨーロッパを舞台として起きた戦争が世界各地に波及して「世界戦争」へと突入していくその過程と、第一次世界大戦での各地の様子を、九つの章と六つのコラムを通じて描いている。

特に興味深かったのは石井美保『イギリス帝国とインド人兵士――「マーシャル・レイス」にとっての第一次世界大戦』、ヤン・シュミット『第一次世界大戦期日本における「戦後論」――未来像の大量生産』、コラムの布施将夫『アメリカ海軍と日本』の三つ。

「マーシャル・レイス理論」はいわゆる「戦闘民族」とか「尚武の民」などと呼ばれるような、『ある人間集団を「戦闘に適した人種」としてカテゴライズする言説』(P60)で、特に十八世紀末から十九世紀初頭にかけての英国でスコットランド人やアイルランド人に対して使われ始め、1880年代以降、インドで兵士を徴兵する際に理論として使われた。インドでマーシャル・レイスと考えられたのがシーク教徒、グルカ人、カースト制度下におけるヴァルナ(種姓)の一つクシャトリヤ(戦士階級)である。

植民地政府は「マーシャル・レイス」という集団が存在するという前提で徴兵し、軍を編成、インド人兵士の集団アイデンティティを鼓舞することで理想の臣民としての兵士を作ろうとした。また『勇猛で忠実、だが愚鈍で単純なマーシャル・レイス』(P63)というイメージは、英国人将校を主人、教育者という役割として振る舞わせ、彼らに優越性を与えてもいた。

一方でインド人兵士の側でもマーシャル・レイスと認められることで『社会的・経済的な地位上昇の機会となる軍隊での雇用を得る』(P63)ことが出来、また兵士となる名誉心も相まって、自らが兵士に適したカースト・家系に属することを証明しようとした。マーシャル・レイス理論を通じてインドの地域共同体は再編され、植民地支配に適したカースト制度が確立していった。しかし、大量に動員されたインド兵は第一次世界大戦がはじまると、そのマーシャル・レイスのイメージに基づいて西部戦線を初めとした最前線に次々と送られ過酷な戦場を体験、後々までインド社会に大きな傷を残すことになった。

ヤン・シュミット論文では、第一次世界大戦中の日本の知識人、ジャーナリスト、政治家たちによる様々な「戦後論」が紹介されている。様々な論が紹介されているが、興味深いのは『ヨーロッパでは短期決戦を予測するプロパガンダが支配的であったにも関らず、日本においては、大戦は長期化するとの見通しが次第に共有されていった』(P166)という点だ。これは『開戦から数週間で陣地戦となり、消耗戦へと変容を遂げた』(P166)日露戦争の体験が大きかったという。また、第一次世界大戦での諸国の総力戦の様相を踏まえて、次の戦争に備えるために挙国一致・国家総動員体制の確立を唱える論も登場した。

「戦後論」は様々な論旨で語られ多様であったが、宿命論的な類似性があるのだという。

『「戦後論」を精力的に論じてきた者たちは、ヴェルサイユ=ワシントン体制にはっきりと批判的な立場を取っており、日本にとって未来の課題となるアジア太平洋地域での権益獲得のための準備を主張してきたことは言うまでもない。しかし、「戦後論」において、日中親善を初めとして国際主義的な協調論を提唱してきた者たちもまた、欧米列強への不信感を共有していたのであり、その結果、強硬論者たちの主張に十分な抵抗をすることができなかった。「戦後論」において経済戦の予測が広く唱えられたというコンテクストに据えてみるならば、中国との協調路線を主張する論者でさえも、最終的に、中国の資源確保に向けた強硬論に同調していったことは驚くにあたらない。』(P173)

コラム布施将夫「アメリカ海軍と日本」では日露戦争後から両大戦戦間期にかけてアメリカ海軍内で本格的に検討されはじめていた対日本戦争計画「オレンジ計画」についてまとめられているが、オレンジ計画に関する研究の一つとして、オレンジ計画が米海軍の予算獲得と海軍拡大を目的とした理由として使われた官僚政治的要因を挙げた説を紹介している。

これに関し、『日本海軍が陸軍との対抗上、アメリカを仮想敵国にした根拠にも通底して興味深い。日米両国に共通する官僚政治的な組織的利益の優先が、太平洋戦争の遠因になったと考えれば、その影響は計り知れない』(P203)としつつも、当時の米陸軍が米海軍と比べて規模も政治力も低かった点をあげて疑問を呈しつつ、仮説として、『海軍大学や海軍将官会議ないし海軍作戦部のような軍令を扱う諸部門は、オレンジ計画を真剣な作戦計画として検討した。一方、海軍省各局のような軍政担当部門は、同計画の存在を対外的にアピールし、予算獲得目的に利用することもあった。』(P203)とし、今後検証が必要なこととして論じている。

他、ロシア帝国内のドイツ人問題、バルカン戦争とアルメニア人問題、インドの民族運動、対中二十一ヵ条要求と西原借款、第一次大戦下でおよそ二十五万人にも上る大量に動員された中国人労働者の問題、東南アジア各地で頻発した叛乱、第一次大戦下の朝鮮半島、オスマン帝国の参戦から崩壊など多岐に渡る。かなりボリュームがあるので読み応えがある。二巻以降は読んだらまた改めて。

『現代の起点 第一次世界大戦 全4巻』岩波書店紹介ページ

目次
シリーズ総説
世界戦争への道,そして「現代」の胎動  山室信一(京都大)

I 総説
1 ヨーロッパ戦線と世界への波及  小関 隆(京都大)・平野千果子(武蔵大)

II 諸民族の大戦経験
2 イギリス帝国とインド人兵士――「マーシャル・レイス」にとっての第一次世界大戦  石井美保(京都大)
3 ロシアとオスマン帝国における動員と強制移住  伊藤順二(京都大)
4 インド民族運動の転換  田辺明生(京都大)

III 日本の参戦
5 第一次世界大戦初期の日本外交――参戦から二十一ヵ条要求まで  奈良岡聰智(京都大)
6 第一次世界大戦期日本における「戦後論」――未来像の大量生産  ヤン・シュミット(ルール大)

IV アジアへの波及
7 中国ナショナリズムと第一次世界大戦  小野寺史郎(埼玉大)
8 東南アジアにおける第一次世界大戦――『南洋日日新聞』からみた大戦の影響  早瀬晋三(早稲田大)
9 オスマン帝国と第一次世界大戦  鈴木 董(東京大学名誉教授)

コラム
南アフリカと第一次世界大戦  堀内隆行(新潟大)
戦争イメージの「世界同時性」  ヤン・シュミット(ルール大)
自治民政雑誌『斯民』に見る大戦  黒岩康博(天理大)
朝鮮における第一次世界大戦  李昇燁(佛教大)
アメリカ海軍と日本  布施将夫(京都外国語大)
西原借款――東アジア経済史から見た大戦  籠谷直人(京都大)

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