「ジョージ王朝時代のイギリス」ジョルジュ・ミノワ 著

1714年、アン女王の死によって神聖ローマ帝国の選帝侯の一人ハノーファー公ゲオルグ1世が英国王に迎えられ英国王ジョージ1世に即位、ハノーヴァー朝が開かれた。1714年から1901年まで続く同王朝は二期に分けることが出来る。ハノーファー公(1814から王国)を兼ねた四人のジョージ王によって統治された時期(1714~1830)と、ウィリアム4世(在位1830~37)を挟んで、ハノーファー王国との同君連合を解消してヴィクトリア女王によって統治された時期(1837~1901)である。一般的に前者の時期をジョージ王朝、後者をヴィクトリア王朝と呼んで、その特徴が語られることが多い。本書はそのジョージ王朝時代についてコンパクトにまとまった一冊。

ジョージ王朝時代の四人の王――英国の統治に全く興味を持たずドイツから出なかったジョージ1世、英語をほとんど解さず意思疎通にも事欠くジョージ2世、反対に英国統治に強い熱意を持ちながら、高すぎる理想を実行するに足る能力も強さも持たず、独善的で強権を振るおうとし、後に精神の均衡を崩していくジョージ3世、放蕩者で浪費家のジョージ4世――はいずれも、同時代の他国の君主と比較しても、英国史を振り返っても、御世辞にも良い君主たちだったとは言えないし、むしろ大きく劣ってさえいる。しかし、それゆえにこの時代に議会政治が発展し、責任内閣制が成立して後の英国政治機構の基盤が整うことになる。

対外的には戦争に次ぐ戦争の時代である。1714年から1739年まではウォルポール首相の指導下で平和外交を保っていたが、1739年の対スペイン戦争(ジェンキンズの耳戦争)を皮切りにウォルポールが退任(1742)すると、オーストリア継承戦争(1740-48)への介入(1742~)、スコットランドでのジャコバイトの反乱(1745)、フレンチ・アンド・インディアン戦争(1755~63)、インド植民地でのプラッシーの戦い(1757)、アメリカ独立戦争(1775~83)、フランス革命を契機としての対仏戦争からナポレオン戦争(1793~1815)、アイルランド反乱(1798)と連合国家の樹立(1801)、米英戦争(1812~14)とひっきりなしに戦い、常に財政危機にあった。

国内においては名誉革命を先駆けとして議会政治の土台を整え、責任内閣制を確立、ホイッグとトーリーの二大政党制が形成された。腐敗した政治家も多数出たがウォルポール、ピット親子らを始めとした優秀な政治家も次々登場して危機を救った。経済においては農業革命から産業革命へと進展しいち早く工業化を成し遂げた一方で、国内は貴族・ジェントリの富裕層とそれ以外とに二極分化して貧富の差が拡大、現代まで英国に根深く残る階級社会が誕生する。貧富の差は都市と農村の格差を生み、困窮した人々が都市や新大陸へと移動して社会が流動化、下層階級の苛酷な日々は産業革命によって加速し、一方で博愛主義的精神もまた芽生えて福祉活動も生まれ始めている。また、産業革命による革新・工業化と、英国独特な啓蒙主義精神は新たな自由主義経済思想や懐疑主義思想の芽生えを土壌として様々な発見、発明、開発、改良を生み、科学や建築、芸術などへと波及して後のヴィクトリア朝時代の隆盛を準備する。

英国史は近世以降だとどうしても十六世紀末から十七世紀半ばエリザベス時代から清教徒革命に至る百年か、ヴィクトリア時代から第一次大戦に至る大英帝国全盛期に注目が集まることが多く、十八世紀の英国というとせいぜいアメリカ独立戦争時の敵役という程度の扱いだが、この十八世紀というのは後々の英国を形作ったという点で非常に重要な時代である。そのあたりの概要が新書サイズでコンパクトに収まっているので非常に有用な一冊だと思う。

これは本書では無く君塚直隆著「近代ヨーロッパ国際政治史」からだが、例えばアメリカ喪失後、英国の国債は2億4290万ポンドに膨れ上がり、英国の凋落をみた神聖ローマ皇帝ヨーゼフ2世は『イギリスは今やデンマークかスウェーデン並みの二流国に成り下がったな』(君塚P176)とあざ笑ったという。まさか20年余り後に自身の帝国の方が消滅するとは夢にも思っていなかったところが皮肉であるのだが。これがいかにして対仏戦争でナポレオン相手に互角の戦いを繰り広げて最後に勝利を掴むほどに復活したのか。詳しいわけではないが、簡単にアメリカ喪失後に首相に就いた小ピットの政治・財政改革や戦時のリーダーシップ、ナポレオン戦争時の戦時体制、徴兵制などについても本書では触れてある。

あるいは十八世紀の階級社会の実情についても各階級の年収等のデータ、労働者の苛酷な環境、賃金格差などが紹介され、その階級格差と貧困などそっちのけで進められる対外戦争によって荒廃する社会についても簡単にまとまっている。これが、どのような人の移動をもたらし、それが帝国主義的拡大へと結びついていったかの論考は前回紹介した『「民衆の大英帝国―近世イギリス社会とアメリカ移民 (岩波現代文庫)」川北 稔 著』が詳しい。

『つねに生産の最も普及した形態であった家内工業においては、一般的に朝六時から夜八時か九時まで働き、日曜のほかには、聖霊降臨祭、クリスマスなどのほんの二、三日――ロンドンの場合にはそれに加えて、タイバーン(Tyburn)の公開処刑に当てられていた年間八日――しか休日はなかった。労働者たちのストライキや暴動はまれではなかったが、いつも容赦なく鎮圧された。』(ジョルジュ・ミノワ「ジョージ王朝時代のイギリス」P96)

どうしても過剰な労働時間と劣悪な労働環境が話題の現代日本ではついつい感覚がマヒしてしまいがちだが、この十八世紀英国の階級社会の一般的な労働者の「苛酷な」労働環境でも職があればまだマシで、都市には浮浪者や物乞いが溢れ、それが新大陸への移民を押しだす要因でもあった。

英国史上の様々な苛酷な労働を集めたトニー・ロビンソン「図説「最悪」の仕事の歴史」という本がある。このジョージ王朝時代の章に紹介されている様々な職業は上記のような時代性を反映していてとても興味深い。

その中の一つに「隠遁者」という仕事がある。当時、階級社会の誕生は富裕な貴族・ジェントリの上層階級を生み出したが、彼らは自身の邸宅に古代ギリシアやローマを模した新古典主義的な庭園を造らせた。彼らは自身の庭園に不可欠なものをこう考えた。『自分なりのアルカディアを作るには、人生のはかなさや富のむなしさを瞑想する風雅で賢い苦行者が庭園の隅にうろついていなければその景色は完成しない』(ロビンソンP233-234)と。かくして彼らは、経済的に困窮した者や奇人変人、知的障碍者などを雇い、自身の庭園で苦行者の役を演じさせた。

文字通り苦行なのは、多くの場合契約期間が丸七年(十八世紀の強制的年季奉公の契約期間が七年・十四年であったので、その通則に従う)で、髪・髭・爪などを切ってはならず、食事・衣服と住居は支給されるが、それ以外はせいぜい聖書ぐらいで、雇い主が見ていないときもひたすら「隠遁生活」を続けなければならない。これを契約期間満了まで七年勤め上げれば七百ポンドの報酬が支給される(当時農業経営者の年収が120ポンドなのでかなり破格といえる)が、この苛酷さに逃亡者が続出した。上流階級の人々が民衆を自分が物思いにふける小道具程度にしか見ていないこの馬鹿馬鹿しいが残酷なブームは当時から批判の対象であった。

また、言うまでもないが軍人は非常に苛酷な職業で、海軍は強制徴募で無理矢理集められ、給与は十八世紀末の自転でもチャールズ2世(在位:1661~1685)以来変わっておらず、劣悪な衛生状態の環境に放りこまれていつ果てるともしれない戦争と航海に駆り出された。1810年度の海軍死者の死因別割合は全5183人中病死2592人(50%)、個別の事故1630人(31.5%)、浸水沈没・難破・火事・爆発530人(10.2%)、戦闘中の死亡281人(5.4%)、負傷死亡150人(2.9%)であったという(ロビンソンP248)。脱走者が続出し、兵士反乱が頻発し、常に兵士不足と士気低下に悩まされていた。ネルソンの栄光、ウェリントンの勝利、そして大英帝国の拡大の陰を垣間見ることが出来るだろう。

本書はジョージ王朝時代にスポットを当てた良書だと思うので、あわせて紹介した各書にも目を通していくとより理解が進むのないかと思う。

参考書籍
・川北 稔 編著「イギリス史 (世界各国史)
・君塚 直隆 著「近代ヨーロッパ国際政治史 (有斐閣コンパクト)
・川北 稔 著「民衆の大英帝国―近世イギリス社会とアメリカ移民 (岩波現代文庫)
・川北 稔 著「イギリス近代史講義 (講談社現代新書)
・トニー・ロビンソン 著「図説「最悪」の仕事の歴史

『図説「最悪」の仕事の歴史』については元々英国のテレビ番組からまとめられたもので、興味深いテーマと内容の本で英国史上の様々な職種について史料を挙げつつよく調べられているのだが、著者は番組出演タレントとプロデューサーで歴史家は入っておらず、やはり歴史認識が色々おかしい。そもそも「最悪」の基準も単に著者らの主観ではあるし、「はじめに」では『職場で惨めな思いをしたり、不当に扱われたと感じた日には、あなたの仕事よりはるかにおぞましい職業についていた歴史上の無数の人々のひとりでないことを、感謝していただきたい』(P9)と結ばれていて、まぁ、なんだ、英国人らしい皮肉というか、その視線はあなたが紹介しているそれぞれの時代に「最悪の労働」を強いていた側(隠遁者を庭園に放って物思いにふけっていた上流階級など)の見方そのものじゃないですかね、と思うが、とりあえず読み物であって歴史学の本では無い。この本だけじゃなく通史や社会史の本とあわせて読むことでバランスを取ることをお勧めしておく。

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