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世界史(書籍)

「中世ヨーロッパの城塞」J・E・カウフマン ,H・W・カウフマン 著

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映画やファンタジー作品などでも馴染み深い中世ヨーロッパの城について、歴史や構造、関連知識を豊富な図版とともに網羅的に解説した一冊である。

中世ヨーロッパの城と言われて我々が思い浮かぶ石造りの城が登場するのは十一世紀で、それ以前は木材と土を組み合わせた城塞が築かれていた。石材を使った建築はローマ帝国時代に発展したが、帝国の秩序が崩壊した後はローマ時代の城壁や建築物を活用したり、前述のように天然の地形の上に木材や土を使っての築城が主だった。ビザンツ帝国では既存の城壁都市を増築・修築してイスラーム勢力に対抗し、イベリア半島では西ゴート人が煉瓦造の小規模築城で凌ぎ、フランク王国では城塞というよりは部隊の詰め所的な木造の拠点が各地に築かれていた。

フランク王国の分裂後、諸侯乱立の戦国時代を迎えて、各地に新興勢力が台頭する中で、自身の所領の拠点として城が築かれるようになり、まずは北フランスのノルマンディー地方で「モット・アンド・ベイリー」と呼ばれる人造または天然の土手(モット)の上に木造の城塔を建て、円形の城壁で周囲を囲んだ城庭(ベイリー)で構成された築城様式が誕生して広がり、ノルマン・コンクエストを経てイングランドでも一般的になった。同じころ、東欧ではグラードやベルクフリートといった「モット・アンド・ベイリー」様式とよく似た防御設備を備えた環状建築物が登場している。

石造の城塞が登場したのはフランス西部地方で、11世紀当時覇を競っていたアンジュー伯とブロワ伯の競争の中で建設されるようになった。12世紀、ブリテン島からフランス北部・西部までを版図に治めたアンジュー帝国を打ち立てたヘンリ2世はその強力な権力を背景にして、各地に石造の堅固な城塞を築いた。フランスのシノン城やイングランドのウィンザー城など既存の木造城塞が次々と石造の中世城塞へと改築され、難攻不落で知られるドーヴァー城など多くの石造城塞がこの頃建てられるようになった。以降、石造の城が広がりヨーロッパで一般的になっていく、というのが大まかな中世ヨーロッパの城が作られる流れである。

本書でも指摘される通りだが、ローマ帝国崩壊後の着実な技術の進歩と、封建制の成立や熾烈な戦乱、アンジュー帝国、フランス王国、神聖ローマ帝国などの強力な集権的権力の登場といった社会の変容が城塞の革新を促したことがわかる。ローマ時代の高度な土木技術はローマ帝国という強力な権力があって初めて実現可能であったし、中世の石造城塞への革新も同様であった。

このような技術革新と社会の変容によって登場した城塞が、さらなる技術革新である火器の登場と王権の強化によって編成される強力な軍隊や戦術の高度化によって消え去っていく過程もまた、本書で丁寧に描かれており、まさに城塞の歴史を一望できる。

多くの図版とともに解説される城の構造や諸要素を読むと、城塔の形状一つとっても多様だし、城の各所に備えられた施設一つ一つも様々なものがあり、日々変わっていく戦争技術へ対応し続けた過程が非常によく伝わってくる。また、守る側だけではなく攻める側の攻城兵器や戦術についても詳しく解説されており、城塞でみる技術革新史といった面白さが存分に味わえる。

「中世ヨーロッパの城塞」28頁

「中世ヨーロッパの城塞」28頁
amazon商品ページのイメージ画像より

「中世ヨーロッパの城塞」36頁

「中世ヨーロッパの城塞」36頁
amazon商品ページのイメージ画像より

「中世ヨーロッパの城塞」54頁

「中世ヨーロッパの城塞」54頁
amazon商品ページのイメージ画像より

中世の築城技術者の代表格というとやはり以前紹介したカーナーヴォン城コンウィ城を築いたマスター・ジェイムズだが、その凄さは本書からもわかる。カーナーヴォン城などは城壁の要所に備えられた多角形平面の城塔をすべての歩廊が通り、城壁に縋りつく敵兵を確実に狙い撃ちできる。十五世紀初頭のウェールズで起きた大規模反乱では、1403年、わずか28人の守備兵で数千の反乱軍を退けた。

中世城塞最強の呼び声高いイングランドのドーヴァー城をはじめ、城壁都市として名高いフランスのカルカソンヌや、獅子心王が築いた堅城シャトー・ガイヤール、西ヨーロッパの城としては最古級でジャンヌ・ダルクの逸話でも知られるシノン城、百年戦争期に難攻不落を誇ったモン・サン・ミシェル、十五世紀、近郊での戦いで当時欧州最強を誇ったブルゴーニュ軍を撃破してスイス槍兵の強さを知らしめたグランソン城、ローマ帝国以来の歴史あるローマのカステル・サンタンジェロ、ドイツ騎士団の拠点マルボルク城、当時の姿をよく残すライン河の古城マルクスブルク城、スロヴァキアを代表するスピシュ城、イベリア半島の中世城塞の代表格セゴビアのアルカサル、などなど本書を読めばその特徴がよくわかるだろう。

本書表紙の折り返しにも書かれているが、『歴史史料として、建築資料として、またイラストの資料として』も、そしてもちろん、創作の資料としても手元にあって役立つこと間違いなしの一冊であろう。当ブログでも多くの記事で参照させてもらった。少なくとも中世の城に関する歴史や構造、戦闘など基本となる概論的知識はほぼ網羅されているのではないかと思う。ただ、城の見取り図(縄張り図)や構造図は豊富だが、写真は白黒なので、そこはカラー写真が多い他の書籍を参照するのが良い。また、個々の城についてより詳しく知りたい場合も同様で、あわせて他の書籍を当たると良いと思う。

本書の目次
第1章 中世築城の諸要素
グラード、モット・アンド・ベイリー、ベルクフリート、および、キープ
城塔
城門と跳ね橋
アンサント
胸壁、アンブラジュール、および、屋根

城壁の内側
バスティードとその他の築城
攻囲戦の技術第2章 中世前期の築城
暗黒時代の築城
イスラム帝国、ビザンツ帝国およびフランク帝国の築城
ブリテン諸島の築城
ヴァイキングの築城とヴァイキングに対する築城
スラヴ諸国の築城
マジャール人たちの築城

第3章 城塞の時代
中世盛期初頭の築城
西ヨーロッパに登場した城塞群
西ヨーロッパの城塞
中世の城壁都市
東ヨーロッパのグラード
中央ヨーロッパおよび南ヨーロッパの築城
グラードからザムキへ
イベリア半島の築城
十字軍の築城
転機
モンゴル軍に対する築城
社会構成と軍の規模

第4章 高くそびえる城壁の退場
百年戦争における大砲の運用
コンスタンティのポリスの陥落
レコンキスタ時代の築城に対する攻囲戦
ロードス攻囲戦とその陥落
一つの時代の終焉、城壁は消え去るのみ

第5章 中世の城塞と築城
グレート・ブリテン
アイルランド
フランス
低地地方(ベルギー、オランダなど)
スイス
神聖ローマ帝国
スカンディナビア諸国とフィンランド
中央ヨーロッパ
ポーランド
リトアニア
ウクライナ
ルーシ
地中海東部沿岸地方
イタリア半島
イベリア半島
北アフリカ

付録
1 中世城郭の建設師と建築師
2 攻囲戦年表
3 中世の投射兵器の歴史

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