フランス史

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ニヴェルネ遠征~ジャンヌ・ダルク初敗北とペリネ・グレサールの下剋上

1429年秋、パリ包囲戦が終わり、イングランド、ブルゴーニュと休戦が成立すると、シャルル7世は、首府ブールジュの東、ロワール川の対岸ニヴェルネ地方を実効支配するイングランド=ブルゴーニュ派の武将ペリネ・グレサールの討伐をジャンヌ・ダルクらに...
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1429年夏の英仏ブルゴーニュ外交とジャンヌ・ダルクの「パリ包囲戦」

オルレアン包囲の失敗に続くパテーの戦い(1429年6月18日)でイングランド軍主力が壊滅した結果、イル・ド・フランスからシャンパーニュにかけてのロワール川以北地域に軍事的空白が生じたことで、フランス軍は「ランス進軍」(1429年6月29日~...
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ジャンヌ・ダルクは何色が好きだったか?

ジャンヌ・ダルクについて資料を読んでいると、彼女はよく赤い服を着ていて、赤が好きだったのではないかと思う。この記事ではまず中世ヨーロッパの服飾史や中世盛期から後期にかけて人気となった赤色染料の歴史を概観しつつ、ジャンヌ・ダルクが好んだ赤い服...
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ヴァンドーム伯ルイ1世・ド・ブルボン~ブルボン王家直系の祖

ヴァンドーム伯ルイ1世・ド・ブルボン(” Louis I de Bourbon-Vendôme”,1376年生-1446年12月21日没)はブルボン家の傍流ブルボン=ヴァンドーム家初代。アジャンクールの戦いでは左翼軍の指揮を執った。「フラン...
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ジャン・ド・メス(ヌイヨンポン)~ジャンヌ・ダルクを護る騎士

ジャン・ド・メスまたはジャン・ド・ヌイヨンポン(” Jean de Metz, Jean de Novelompont”,1398年生-?)はドンレミ村を出たジャンヌ・ダルクがヴォークルールからシノン城へと赴く際に護衛したヴォークルール城主...
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聴罪司祭ジャン・パスクレル~ジャンヌ・ダルクの良き相談役

ジャン・パスクレル("Jean Pasquerel”,生没年不明)はジャンヌ・ダルクに同行した聴罪司祭。バイユーの聖アウグスチノ修道会派に属する。1429年4月から1430年5月24日、コンピエーニュでジャンヌ・ダルクが捕らえられるまで彼女...
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ルイ・ド・クート~ジャンヌ・ダルクの身の回りの世話をした少年兵

ルイ・ド・クート("Louis de Coutes”1414年生-1483頃没)はジャンヌ・ダルクの身の回りの世話をした従卒。父はヌーヴィオン("Nouvion")とリューゲル("Rugles")の領主ジャン・ド・クート、母はカトリーヌ・ル...
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ジャン・ドーロン~ジャンヌ・ダルクの活躍を支えた名副官

ジャン・ドーロン(” Jean d'Aulon”,1390年生-1458年8月から9月頃没)は、百年戦争後期フランスの軍人。副官としてジャンヌ・ダルクを支え、オルレアン包囲戦からコンピエーニュの戦いまで最も長く側にいた代表的な戦友である。1...
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「ランス進軍」と「シャルル7世戴冠式」――ジャンヌ・ダルクの快進撃

「ランス進軍(フランス語:” Chevauchée vers Reims”,英語:” March to Reims”,中国語:” 進軍蘭斯”)」(注1)は、オルレアン包囲戦に続くパテーの戦いの勝利によってイングランド軍主力が壊滅した結果、シ...
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ジャンヌ・ダルクの主な戦友30人まとめ

まえがき ジャンヌ・ダルクの戦友というと、認知度の高さはほぼジル・ド・レに限られ、少し詳しい人でラ・イル、ジャン・ド・デュノワ、アランソン公ジャン2世、リッシュモン大元帥などが挙げられる程度だと思うのだが、ジャンヌ・ダルクほどの著名な人物...
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ジル・ド・レの生涯――百年戦争後期のある中小領主家の興亡

ジル・ド・レ――フランス王国元帥、ジャンヌ・ダルクの戦友にして数々の軍功を重ねた百年戦争の英雄、フランス王よりも富裕とまでいわれたフランス屈指の大貴族・・・しかして、その栄光の陰で快楽の赴くままに百数十名にも上る子供たちの大量殺戮を行ったと...
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ジャン・ポトン・ド・ザントライユ~傭兵隊長から元帥へ上った百年戦争の勇将

ジャン・ポトン・ド・ザントライユ(” Jean Poton de Xaintrailles”,1390年頃生~1461年10月7日没)は百年戦争後期フランスの傭兵隊長。ジャンヌ・ダルクの親しい戦友の一人。同郷の傭兵隊長ラ・イルことエティエン...
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オルレアン解放後のイングランド軍追撃戦「ロワール作戦」と「パテーの戦い」

「ロワール作戦」 1429年5月8日、イングランド軍はオルレアン市の包囲を解き退却した。オルレアン包囲戦はフランスの勝利に終わったが、イングランド軍は主力を温存したまま退いたに過ぎない。5月11日、国王シャルル7世が待つロッシュでオルレア...
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オルレアン包囲戦~勃発の背景からジャンヌ・ダルクの登場、終結まで

前史 フランス王シャルル6世が発狂して統治能力を失って以降、対立していたブルゴーニュ派とアルマニャック派はイングランド王ヘンリ5世に同盟を求め、両者の対立を好機としたヘンリ5世は1415年フランスに侵攻、アジャンクールの戦いでフランス軍を...
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百年戦争「アルマニャック派」とは何か、成立から消滅まで

アルマニャック派(” Armagnacs”)は1410年、台頭するブルゴーニュ公ジャンへの対抗としてオルレアン公シャルル、アルマニャック伯ベルナール7世、ベリー公ジャンら有力諸侯が結成した反ブルゴーニュ派同盟。イングランド軍の侵攻後は、王太...
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百年戦争「トロワ条約(1420年5月21日)」の内容と問題点、影響について

前史 フランス王シャルル6世が狂気に陥り統治能力を喪失した後に主導権を握ったブルゴーニュ公ジャン無怖公と反ブルゴーニュ派諸侯からなるアルマニャック派との内乱に乗じてフランスに侵攻したイングランド王ヘンリ5世は1415年10月25日、ア...
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ジャンヌ・ダルク活動・関連事項全年表

1412~1428年   年代 事項 1412年1月6日 ジャンヌ・ダルク誕生 1415年10月25日 アジャンクールの戦い(フランス軍壊滅) 1419年9月10日 ブルゴーニュ公ジ...
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「ジャンヌ・ダルクの旗」のデザインや逸話、役割のまとめ

ジャンヌ・ダルクのイメージとして欠かせないのが常に掲げていた軍旗ではないだろうか。彼女は処刑裁判の供述でも『剣よりも旗の方が四〇倍も好きだった』(注1)と語っており、非常に気に入っていたものだ。 ジャンヌ・ダルクの旗の製作と特徴 シノン...
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「ジャンヌ・ダルクの指輪」真贋論争

2016年2月、ジャンヌ・ダルクのものとされる十五世紀の指輪がオークションに出品され、フランス西部バンデ県の歴史テーマパーク「ピュイ・デュ・フー」が37万6833ユーロ(約4700万円)で落札、翌月より同テーマパークで公開されたというニュー...
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クリュニー修道院の改革運動(十~十一世紀)まとめ

「クリュニー修道院運動」は十~十一世紀にかけてのヨーロッパでおきた、フランス・ブルゴーニュ地方のクリュニー修道院を中心とした世俗・司教権力からの自由と修道士たちの倫理的刷新を目的とした改革運動で、この結果、世俗権力から独立した教皇直...
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ジャンヌ・ダルクの生年月日が1412年1月6日になるまでの経緯

ジャンヌ・ダルクの生年月日は1412年1月6日であるとされるが、史料による直接的な記述に基づくものではない。 1412年生まれなのか? 生年についてはジャンヌ・ダルクの処刑裁判での証言に基づいている。 フランス・ノルマンデ...
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ノルマンディー公国の歴史(911~1204年)

ノルマンディー公国の成立 ノルマン人の北フランス襲来は840年頃から始まり、北海にそそぐ主要河川の河口から内陸へと侵攻、856年から、パリ、シャルトル、エヴルーその他有力諸都市が次々と襲撃・...
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フランスの王・王妃、皇帝・帝妃の一覧

カロリング家に代わりユーグ・カペーが即位して以降ナポレオン3世までのフランスの王、皇帝とその妃の一覧。順次個別記事を作成していく予定。 日本での分類はカペー朝、ヴァロワ朝(さらに細分化してヴァロワ=オルレアン、ヴァロワ=アングレームな...
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中世のブルボン家~ブルボン公国の興亡とヴァンドーム家の台頭

ブルボン公家の誕生 ブルボン公家は、1272年、フランス王ルイ9世の六男クレルモン伯ロベールと中央フランスにあるブルボネ地方を領するブルボン伯家の女継承者ブルボン女伯ベアトリスが結婚、その子ルイ1世がブルボン公に陞爵したことに...
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百年戦争の猛将、傭兵ラ・イルことエティエンヌ・ド・ヴィニョルの生涯

ラ・イル(「憤怒」の意 ” La Hire” 日本語訳ではラ・イールと伸ばして表記される場合もある。)の異名で知られるエティエンヌ・ド・ヴィニョル( ” Étienne de Vignolles” 1390年頃生~1443年1月11日没)は...
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偽ジャンヌ・ダルク事件~中世フランス「自称乙女」騒動の顛末

ジャンヌ・ダルクの死後、ジャンヌ・ラ・ピュセルを自称する女性が次々と登場してフランスを騒がせた。その数多の偽ジャンヌの中で1436年から1440年まで足掛け四年に渡って人々を騙し続けたジャンヌ・デザルモワーズ(“Jeanne des Arm...
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ブーサック元帥ジャン・ド・ブロス~ジャンヌ・ダルクと常に共にあった老将

ブーサック元帥(”Maréchal de Boussac ”)ジャン・ド・ブロス(" Jean de Brosse ”)は、フランス王シャルル7世の親衛隊長でフランス元帥。史料上はサント・セヴェールの領主という表記でも登場する(注1)。オル...
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フランス王フィリップ1世(在位1060-1108)~政戦両略の負け上手

フィリップ1世はカペー朝第四代のフランス王(在位1060年8月4日~1108年7月20日) 1052年5月23日、カペー朝第三代フランス王アンリ1世と王妃アンヌ・ド・キエフの長男として生まれ、1059年5月29日、アンリ1世の共同王と...
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フランス王アンリ1世(在位1031-1060)~弱小王権は生き残れるか

アンリ1世(Henri Ier)はカペー朝第三代のフランス王(在位1031年7月20日~1060年8月4日) 誕生から即位まで 1008年5月4日、カペー朝第二代フランス王ロベール2世敬虔王と王妃コンスタンス・ダルルの次男として生ま...
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