世界史

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ブリテン諸島史

ヘンリ4世の簒奪~ランカスター朝の幕開けと内乱

プランタジネット朝からランカスター朝へ 百年戦争で勇名を馳せたイングランド王エドワード3世だが、1370年代になると征服地のことごとくを名将ベルトラン・デュ・ゲクラン率いるフランス王軍によって奪還され、愛妾アリス・ペラーズに溺れて政治に興...
ブリテン諸島史

「アングロ・サクソン年代記」の概要、成立の歴史、主な内容まとめ

「アングロ・サクソン年代記" Anglo-Saxon Chronicle "」はアルフレッド大王治世下の九世紀末、当時、残っていた古い記録や文書、民間の伝承を集め、デーン人の侵攻を中心に同時代の記録を追加されて編纂が始められた年代記形式の歴...
ブリテン諸島史

ウェセックス王エグバート(在位802~839年)~イングランド王家の祖

七王国時代とマーシア王国の台頭 六世紀ごろからブリテン島に侵攻したアングロ=サクソン諸族はブリトン人との激しい戦いを経て支配的となり、六世紀から八世紀にかけて次々と王国を建国して互いに勢...
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ブリテン諸島史

イングランド王ヘンリ2世と武威の王権『アンジュー帝国』

誕生から即位まで 1066年、ノルマンディー公ギヨーム2世がブリテン島へ侵攻しイングランド王ウィリアム1世として即位したことで、イギリス海峡をまたぐノルマンディー公領とイングランド王領からなる海峡国家アングロ=ノルマン王国が誕生した。三代...
フランス史

中世のブルボン家~ブルボン公国の興亡とヴァンドーム家の台頭

ブルボン公家の誕生 ブルボン公家は、1272年、フランス王ルイ9世の六男クレルモン伯ロベールと中央フランスにあるブルボネ地方を領するブルボン伯家の女継承者ブルボン女伯ベアトリスが結婚、その子ルイ1世がブルボン公に陞爵したことに...
フランス史

百年戦争の猛将、傭兵ラ・イルことエティエンヌ・ド・ヴィニョルの生涯

ラ・イル(「憤怒」の意 ” La Hire” 日本語訳ではラ・イールと伸ばして表記される場合もある。)の異名で知られるエティエンヌ・ド・ヴィニョル( ” Étienne de Vignolles” 1390年頃生~1443年1月11日没)は...
フランス史

偽ジャンヌ・ダルク事件~中世フランス「自称乙女」騒動の顛末

ジャンヌ・ダルクの死後、ジャンヌ・ラ・ピュセルを自称する女性が次々と登場してフランスを騒がせた。その数多の偽ジャンヌの中で1436年から1440年まで足掛け四年に渡って人々を騙し続けたジャンヌ・デザルモワーズ(“Jeanne des Arm...
フランス史

ブーサック元帥ジャン・ド・ブロス~ジャンヌ・ダルクと常に共にあった老将

ブーサック元帥(”Maréchal de Boussac ”)ジャン・ド・ブロス(" Jean de Brosse ”)は、フランス王シャルル7世の親衛隊長でフランス元帥。史料上はサント・セヴェールの領主という表記でも登場する(注1)。オル...
フランス史

フランス王フィリップ1世(在位1060-1108)~政戦両略の負け上手

フィリップ1世はカペー朝第四代のフランス王(在位1060年8月4日~1108年7月20日) 1052年5月23日、カペー朝第三代フランス王アンリ1世と王妃アンヌ・ド・キエフの長男として生まれ、1059年5月29日、アンリ1世の共同王と...
フランス史

フランス王アンリ1世(在位1031-1060)~弱小王権は生き残れるか

アンリ1世(Henri Ier)はカペー朝第三代のフランス王(在位1031年7月20日~1060年8月4日) 誕生から即位まで 1008年5月4日、カペー朝第二代フランス王ロベール2世敬虔王と王妃コンスタンス・ダルルの次男として生ま...
フランス史

ジャンヌ・ダルク書簡まとめ~書状でみるジャンヌ・ダルク

ジャンヌ・ダルクの書簡は直筆署名付きの三通の書簡と口述した手紙の原本六通、その他写本で文面のみ残っているものが多数ある。十九世紀に歴史学者ジュール・キシュラ(1814~82)によってジャンヌ・ダルクの裁判記録、年代記、書簡、会計簿等史料がま...
ヨーロッパ史

中世ヨーロッパの「神の平和」運動の展開と影響

「神の平和(ラテン語: Pax Dei, 英語:Peace and Truce of God, フランス語:Trêve de Dieu )」運動は10世紀~11世紀にかけてフランスで起きた宗教運動。カール大帝(シャルルマーニュ)死後、後継者...
フランス史

カペー朝第二代フランス王ロベール2世(敬虔王、在位996-1031)

ロベール2世(敬虔王、仏 Robert II le Pieux )はカペー朝第二代のフランス王(在位996-1031)。父はカペー朝初代フランス王ユーグ・カペー、母はアキテーヌ公ギヨーム3世の娘アデライード・ダキテーヌ。972年オルレアンで...
ブリテン諸島史

ノルマン朝(アングロ=ノルマン王国、1066~1154)の歴史まとめ

ノルマン朝は、1066年、フランス北東部ノルマンディ地方の領主ノルマンディー公ギヨーム2世がエドワード証聖王死後のイングランド王位を巡ってブリテン島に侵攻、ヘースティングズの戦いでハロルド2世を破りイングランド王ウィリアム1世として即位した...
ブリテン諸島史

スティーヴン王~内乱を招いたノルマン朝最後のイングランド王

スティーヴン王はノルマン朝イングランド(アングロ=ノルマン王国)四代目のイングランド王、ノルマンディー公。ヘンリ1世の死後、後継者と目されていたヘンリ1世娘マティルダを退けてイングランド王位に就くが、内乱を招きイングランドを混乱させた。彼の...
ブリテン諸島史

ヘンリ1世碩学王~イングランドの統治体制を築いた隠れた名君

ヘンリ1世はノルマン朝イングランド(アングロ=ノルマン王国)三代目のイングランド王。ノルマンディー公。ウィリアム1世の末子。前王ウィリアム2世の死後、ノルマンディー公ロベールの不在を就いてイングランド王に即位。ノルマンディー公ロベールの反乱...
ブリテン諸島史

征服王の後継者ウィリアム2世ルーファス(赤顔王)

ウィリアム2世はノルマン朝イングランド(アングロ=ノルマン王国)2代目のイングランド王。ウィリアム1世の第2王子。兄にノルマンディー公ロベール、弟にヘンリ1世がいる。ウィリアム1世の跡をついでイングランド征服を推し進めた。教皇との聖職叙任権...
フランス史

ベリー公ジャン1世の生涯と「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」

ベリー公ジャン1世(1340生~1416没)はフランス王ジャン2世(在位1350~1364)の第三王子。百年戦争期フランスの政治家・軍人。兄にフランス王シャルル5世(1338生~1380没、在位1364~1380)、アンジュー公ルイ1世(1...
フランス史

「アジャンクールの戦い(1415年10月25日)」イングランド軍、三倍のフランス軍に圧勝

アジャンクールの戦い(フランス語: Bataille d'Azincourt、英語: Battle of Agincourt、またはアザンクールの戦い、英語読みでアジンコートの戦いともいう)は1415年10月25日、百年戦争中の主要な戦いの...
ブリテン諸島史

ドーヴァー城~英国防衛の象徴となった難攻不落の「イングランドの鍵」

ドーヴァー城(Dover Castle)はケント州ドーヴァーのドーヴァー海峡を臨む海岸の岸壁上に建てられた城。「イングランドの鍵(Key of England)」という異名を持つ。城の地盤となっている石灰岩の白壁はブリテン島の古名アルビオン...
フランス史

「プラグリーの乱」とフランス王常備軍「勅令隊」の創設

プラグリーの乱は1440年、フランスでおきた大規模な諸侯反乱である。フランス王シャルル7世が前年1439年に発したオルレアン勅令に反対し、ブルボン公シャルル1世・アランソン公ジャン2世・元侍従長ジョルジュ・ド・ラ・トレムイユら有力諸侯が王太...
ブリテン諸島史

征服王ウィリアム1世と「ノルマン人の征服(ノルマン・コンクエスト)」

ウィリアム1世(生没年1028-1087年9月9日、ノルマンディー公在位1035-87、イングランド王在位1066-87)はノルマン朝初代のイングランド王。1035年、北フランスの有力諸侯ノルマンディー公を継承、1066年「ヘースティングズ...
ブリテン諸島史

「ヘースティングズの戦い(Battle of Hastings)」(1066年10月14日)

決戦への道 1066年、エドワード証聖王の死後、戦上手で知られる有力貴族ハロルド・ゴドウィンソンがイングランド王ハロルド2世に即位すると、これに異を唱えてノルウェー王ハーラル・ハルドラーダとノルマンディー公ギヨーム2世(ウィリアム1世)が...
ブリテン諸島史

「バイユーのタペストリー」とは何か

「バイユーのタペストリー」とは 「バイユーのタペストリー(英語 “Bayeux Tapestry”,仏語 “Tapisserie de Bayeux” 」は1066年10月14日、ノルマンディー公 ギヨーム2世(のちのイングランド王ウィリ...
フランス史

アランソン公ジャン2世~ジャンヌ・ダルクに心酔した戦友の滅び

アランソン公ジャン2世(1409-1476)はシャルル7世時代のフランスの貴族で軍人である。ジャンヌ・ダルクと最も親しい人物の一人として知られる。愛称美男公。父はアランソン公ジャン1世、母はブルターニュ公ジャン4世の娘マリー・ド・ブルターニ...
フランス史

デュノワ伯ジャン~ジャンヌ・ダルクの戦友から百年戦争の名将へ

デュノワ伯ジャンあるいはオルレアン私生児ジャン(ジャン・ル・バタール・ドルレアン)は百年戦争後期のフランス王シャルル7世の股肱の臣であり、ジャンヌ・ダルクが活躍したオルレアンの戦いでのオルレアン防衛の総司令官として知られ、後にノルマンディ地...
ブリテン諸島史

「ドゥームズデイ・ブック(Domesday Book)」とは何か

ドゥームズデイ・ブック(Domesday Book)とは ドゥームズデイ・ブック(Domesday Book)とは、イングランド王ウィリアム1世(在位1066-87)の命によって1086年から行われたイングランドの土地調査(ドゥームズデイ...
フランス史

シノン城~ヘンリ2世からジャンヌ・ダルクまで愛された王城

シノン城( Château de Chinon )はロワール川とその支流ヴィエンヌ川との合流地点を臨む高台に建つ古城である。ロワール川を東に上るとオルレアンや首都パリを擁するイル・ド・フランス地方へ、ヴィエンヌ川を南下するとポワトゥー地方や...
フランス史

アンジュー伯家の帝国建設(929年-1154年)

アンジュー伯家はフランスの諸侯である。十世紀から十二世紀にかけて台頭し、1154年、ノルマン朝にかわってイングランド王位を含めたブリテン島南部からノルマンディ、メーヌ、アンジュー、ポワトゥー、アキテーヌ、ブルターニュなどフランスの過半を支配...
フランス史

ジャンヌ・ダルクの肖像画・絵画まとめ

1429年、オルレアン解放直後のパリ高等法院書記による素描 オルレアンが解放されて二日後の1429年5月10日、イングランド統治下のパリ高等法院書記クレマン・ド・フォーカンベルグは、ジャンヌ・ダルクの噂を耳にして、毎日の訴訟事件や...
フランス史

ジャンヌ・ダルク直属部隊の仲間たち18人まとめ

シノン城行の仲間 粘り強い交渉の結果、ヴォークルール城主ロベール・ド・ボードリクールからシャルル7世の待つシノン城へと向かうことが許されたジャンヌ・ダルクには六人の護衛がつけられた。準騎士ジャン・ド・ヌイヨンボン(ジャン・ド・メッス)とそ...
フランス史

フランス・カペー朝年表(987~1328)

人名や事件は個別に記事を作成して順次リンクしていく予定。  カペー朝年表 西暦 できごと    987 7/3ユーグ・カペー、フランス王に即位(カペー朝)    996 10/22~25ユーグ・...
フランス史

ジャンヌ・ダルクの愛剣「フィエルボワの剣」を求めて

ジャンヌ・ダルクは戦場にあっても剣を振るうことを好まなかったことはよく知られているが、だからといって丸腰ではなく、ちゃんと剣を下げていた。しかも、その剣には不思議な、ある種の神がかり的なエピソードがある。 「フィエルボワの剣」 シノ...
フランス史

ジャンヌ・ダルクの家族と友人~残された人々はどう生きたか

ジャンヌ・ダルクの家族 ジャック・ダルク ジャンヌ・ダルクの父。ジャンヌが生まれ育ったドンレミ村の名士であった。1420年頃、旧領主ブールレモン家の邸宅を村の倉庫兼避難所として使えるよう賃借契約を結んだ記録や、23年に、野武士ロベール・...
フランス史

「お前らジャンヌ・ダルクと一緒にいてムラムラしないの?」と聞いてみた結果

「尊い・・・」ってなる、という記録が実際残されている。 記録を残しているのはゴベール・ティボーという従騎士で1429年三月二十二日、神学者のピエール・ド・ヴェルサイユの共としてジャンヌ・ダルクと面会したことがある人物である。彼はのちに...
世界史

人類の誕生~初期猿人から現生人類まで

約三〇億年前の生命の誕生以来、生物進化の系統樹は多岐に広がった。脊椎動物から四肢動物が生まれたのが約四億年前、その後、四肢動物から哺乳類が生まれ、哺乳類から霊長類が生まれ、霊長類からサル類と類人猿が分化し、類人猿からオランウータンとゴリラが...
フランス史

フランスの主な城・城壁都市・宮殿まとめ

フランスの主な城郭・城壁都市・宮殿 城名 種別 築城年 築城者・関連人物 国・地域 備考 アヴィニョン宮殿 宮殿 1337 1516(再建) ベネディクトゥス12世(教) レオ10世(教) ...
フランス史

ユーグ・カペー(フランス王、在位987~996)

カペー朝(987~1328)初代のフランス王(在位987~996)。 ユーグ・カペー(仏: Hugues Capet )は西フランク王国の有力諸侯ロベール家の当主ユーグ・ル・グランの長男として生まれた。生年には、家督相続した956年に...
ヨーロッパ史

欧州の怪火伝承~ウィル・オ・ウィスプとジャック・オ・ランタン

原因不明の発火現象「怪火」にまつわる伝承は世界中に見られる。日本でも狐火や鬼火、不知火などとして知られるが、ここでは主に欧州の「怪火」にまつわる様々な言い伝えを簡単にまとめ。 「怪火」は「愚者の火(ignis fatusイグニス・ファ...
ユーラシア史

十九世紀オーストラリアの中国人排斥運動と白豪主義国家の誕生

オーストラリアで1850年代から始まった中国人移民排斥運動は、白豪主義として知られる白人至上主義的潮流を生み出し、1901年のオーストラリア連邦成立以降1970年代まで国家として非白人を排除する人種主義政策を続けることになった。 十九...
ユーラシア史

チンギスの称号はカン?ハン?カーン?ハーン?

モンゴル帝国の建設者、「蒼き狼」の異名でも知られる歴史上屈指の「世界征服者」というと、チンギス・・・カン?ハン?カーン?ハーン?ということで、混乱する彼の称号について簡単にまとめ。 歴史学上正しい呼び方はチンギス・カン 結論からいう...
アフリカ史

ケープ植民地から南アフリカ連邦成立までの歴史まとめ

アパルトヘイト体制成立に至る南アフリカ史の簡単なまとめで、とりあえず1910年の南アフリカ連邦の成立までを大まかに。 オランダ領ケープ植民地 十五世紀末まで南アフリカはヨーロッパと隔絶された地であったが、1497年ヴァスコ・ダ・ガマ...
ヨーロッパ史

近世オーストリアの名将プリンツ・オイゲンの戦争と生涯まとめ

第二次世界大戦時の軍用艦艇を擬人化した人気ブラウザゲーム「艦隊これくしょん~艦これ~」にその名を由来とする旧ドイツ海軍重巡洋艦のキャラクターが登場したことで、「プリンツ・オイゲン」という名は以前と比べると格段によく知られるようになってきてい...
ユーラシア史

箸食誕生の歴史

箸の誕生 箸は黄河流域で誕生した。現在見つかっている最古の箸は河南省安陽県の殷墟(紀元前十八世紀~紀元前十一世紀)から出土した銅製の箸だが、当時は手食であったことは明らかであることから、食事用ではなく食べ物を取り分ける、あるいは祭祀用のも...
ブリテン諸島史

イギリスのアンダークラスとは何か、その形成過程について

伊藤大一(2003)「ブレア政権による若年雇用政策の展開 若年失業者をめぐる国際的な議論との関連で」、同じく伊藤大一(2003)「イギリスにおける「アンダークラス」の形成 ブレア政権における雇用政策の背景」において、英国のアンダークラスとは...
ブリテン諸島史

中世イングランドの貧困弾圧・強制労働法令「労働者条例」

労働者条例(The Statute of Labors) 1348年の史上最大規模の黒死病(ペスト)の流行によって、欧州諸国では多数の犠牲者が出たが、イングランドでも400万人から200~250万人へと大幅な人口の減少を余儀なくされた。労...
世界史

古代ローマから英国海軍まで欧州を中心に近代以前の海戦の歴史

序章 船の誕生 船の誕生がいつのことだったか、はっきりとしたことはわからないが、少なくとも紀元前八千年頃にまで遡ることが出来る。 有史、人類は木の幹を束ねて「筏(いかだ)」を作り、長い棒きれを「櫂(オール)」にして海に浮かべ沿岸に漕...
ブリテン諸島史

1707年グレート・ブリテン連合王国成立に至るスコットランド・イングランド対立の歴史

スコットランド王国成立前史 およそ八世紀頃までにスコットランドには主に五つの民族が定住するようになった。ピクト人、スコット人、アングル人、古代ブリトン人、ノース人である。他にもノルウェー人やデンマーク人なども移住してきており、それぞれ複数...
世界史

火星観測・探査の簡単な歴史

別のテーマで書いていた記事の冒頭部分が長くなったので切り出して別記事化。 神話と火星 赤く存在感を示す火星は古代から神に模されてきました。バビロニア(メソポタミア)神話のネルガル、ギリシア神話のアレス、ローマ神話のマルスなどで、皆戦...
ヨーロッパ史

バイエルン王家ヴィッテルスバッハ家の歴代君主まとめ

ヴィッテルスバッハ家前史 ヴィッテルスバッハ家はドイツの名門で、主にバイエルンを738年に渡って統治した王家として知られる。現在のドイツ南部一帯バイエルン州は遡ると六世紀、フランク人の部族アギロルフィング家の統治に始まり、八世紀、タシロ3...
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