エアルドールマン

スポンサーリンク

エアルドールマン(古英語:Ealdorman,英語:Alderman)は中世前期のイングランドにアングロ・サクソン人が立てた諸王国で王家に次ぐ地方領主・豪族の首長や戦時の指導者を指して使われた人々の名称で、九世紀にイングランドのアングロ・サクソン諸王国がウェセックス王国の下で統一されると、大規模領主とあわせて国王直轄領の州(シャイア)の代官もエアルドールマンと呼ばれた。十一世紀、古ノルド語「ヤール(Jarl)」の影響でエアルドールマンは貴族を意味する古英語「エオルル(Eorl)」へ置き換わり、後に伯爵を意味する「アール(Earl)」となった。日本語では「太守」「首長」「豪族」「重臣」「地方長官」などの訳語が使い分けられている。

スポンサーリンク

エアルドールマンとは

「アングロ・サクソン年代記」E稿本(Peterborough Chronicle)ボドリアン図書館収蔵

「アングロ・サクソン年代記」E稿本(Peterborough Chronicle)ボドリアン図書館収蔵, Public domain, via Wikimedia Commons

五世紀頃からアングロ・サクソン人がブリテン島へ本格的に渡来・定住すると先住のブリトン人との間で争いが繰り返されるようになり、六世紀後半頃からアングロ・サクソン人の王国がイングランド各地で成立しはじめた。このようなアングロ・サクソン社会で王・王族と彼らを支える貴族(Eorl,エオルル)のうち、領主層を形成した豪族・首長はエアルドールマン(Ealdorman)と呼ばれる。

小林絢子(1999)によれば、エアルドールマンは基本的に主君を持つ首長や戦時の指導者を指して使われるが、「アングロ・サクソン年代記」では非常に多様な意味で使われているという。「アングロ・サクソン年代記」での使われ方に対応するラテン語は、第一に「優越した人」を意味するマイオーレス(maiores)、第二にパトリキウス(Patricius)など王の重臣を指す呼称、第三にプリンケプス(Princeps)など裁判官や軍の指揮官として地方にいる行政官、第四にコンスル(Consul)に対応する国軍の最高指揮官の四種類に分類でき、重要人物を示す言葉をを広く含むという(1小林絢子(1999)「イギリス封建制度下における alderman について」東京家政大学文学部英語英文学科『英語英文学研究 5巻』47–48頁

九世紀、割拠していたアングロ・サクソン諸王国がウェセックス王国の下で統一されるとエアルドールマンも大きな変化を迎えた。アルフレッド大王の治世下で中央政府の権限が確立され、イングランドの中部と南部を中心にマーシア、ケント、イースト・アングリアなどの大規模な自立領主が誕生、国王直轄領として州(Shire,シャイア)が成立し、各州に代官(Reeve,リーヴ)が派遣される。地方行政・司法・軍事の権限と責任を与えられたこれらの地位・官職は区別なくすべてエアルドールマンと呼ばれていた(小林絢子(1999)48頁)。アルフレッド大王時代にマーシアのエアルドールマンであったエセルレッドや十世紀にイースト・アングリアのエアルドールマンであった半王(ハーフ・キング)の異名で知られるアゼルスタンなどが知られている(2James Campbell.”ealdorman .” The Oxford Companion to British History. . Encyclopedia.com.)。

十一世紀、イングランドにデーン人支配が確立すると、古ノルド語で王に次ぐ高位の貴族を意味する「ヤール(Jarl)」という言葉の影響を受け、古英語で貴族を指すエオルル(Eorl)がエアルドールマンに置き換えられるようになる。「アングロ・サクソン年代記」でも1020年代頃以降はエアルドールマンに代わりエオルルが主流の表記となり、1066年のノルマン・コンクエスト以後はフランスのカウント(count/comte)と同等の地位となった(3小林絢子(1999)49頁/小林絢子(2007)「『アングロ・サクソン年代記』 にみる領主・上司の呼び名」東京家政大学文学部英語英文学科『英語英文学研究 13巻』1–2頁)。1070年代にウィリアム1世が重臣たちに再編された各シャイアの統治権限を与え「アール(Earl)」に任じて以降、封建制度確立の過程で伯爵は高位の爵位の一つとして整備され、貴族層を形成することとなった。

「1045年頃のイングランドの諸侯地図」

「1045年頃のイングランドの諸侯地図」( FREEMAN, Edward Augustus.(1877) . “The History of the Norman Conquest of England, its causes and its results. ” British Library HMNTS 9501.b.18.” )
Credit: The British Library, No restrictions, via Wikimedia Commons

参考文献

脚注