日本史

 

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鎌倉の地名の由来簡易まとめ

鎌倉の由来 「鎌倉」という地名の初出は和銅五年(七一二)成立「古事記」中巻景行天皇条にある「鎌倉の別」(相模国鎌倉郡鎌倉郷を支配した一族のこと)。承平年間(九三一~九三八)成立の「和名類聚抄」には「加末(万)久良」とあり、天平七年(七三五...
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日本古代史年表「先史時代~院政の開始(1086年)まで」

日本古代史年表 西暦 年号 できごと A.D.57           倭の奴国王、後漢に朝貢し光武帝より印綬を受ける。  107    倭国王師升ら後漢に遣使、生口(せいこう:売買・献上・...
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小早川秀秋宛黒田長政・浅野幸長書状

尚々急ぎ御忠節尤に存じ候、以上 先書に雖申入候、重而山道阿彌所より兩人遣之候條、到啓上候、貴様何方に御座候共、此度御忠節肝要候、二三日中に内府公御着に候條、其以前に御分別此處候、政所様へ相つゞき御馳走不申候ては、不叶兩人に候間、如此候、早...
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日米和親条約「三条家文書」版、「日本外交文書」版、同英文

国立国会図書館収蔵「三条家文書」日米和親条約写 約条 一 亜墨利加合衆国と帝国日本、両国の人民誠実不朽の親睦を取結ひ、両国人民交親を旨とし、向後可守ヶ条相立候為め、合衆国より全権マテュカルブレトぺルリーを日本に差越し、日本君主よ...
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【江戸時代の身分制度論】士農工商から身分的周縁へ

2016年五月の初頭ごろだったか、Twitterで士農工商という表記が教科書から無くなっているという話が話題になっていた。そう。もう江戸時代の身分制を「士農工商」として表記することは退けられて久しいのだ。少なくとも一九七〇年代初頭に疑問が呈...
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「薩摩島津氏の琉球侵攻」(1609年)まとめ

1609年三月、島津軍が琉球王国に侵攻し奄美大島、徳之島、沖永良部島、そして沖縄本島と次々攻略。琉球王国軍の抵抗むなしく、四月四日、首里城が陥落、尚寧王は降伏し、独立国家琉球王国は、引き続き中国からの冊封体制下にありつつ、徳川幕藩体制の中に...
日本近世史

「明暦の大火(振袖火事)」と復興、江戸の都市改造

明暦三年一月十八日(西暦1657年3月2日)から十九日にかけ三次に渡り連続して発生して江戸の町を焼きつくした大規模火災は明暦の大火と呼ばれて「江戸の三大大火」の一つに数えられている。また、この大火災害からの復興の過程で江戸の町が整備され、後...
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由比正雪の乱(慶安の変)と江戸時代前期の牢人問題

徳川家一門松平定政の乱心 慶安四年(1651)四月二十日、三代将軍家光が死に、老中堀田正盛・阿部重次を始め多くの家臣が殉死し、あるいは隠居・出家して一線を退いた。 同七月九日の三河刈谷藩主松平能登守定政・定知親子の出家もその流れかと...
日本近現代史

幕府代表とペリー艦隊の飲みニケーション全5回まとめ

先日の記事「「居酒屋の誕生: 江戸の呑みだおれ文化」飯野 亮一 著」にいくつか、ペリー艦隊来航時の日本人代表も泥酔していたことを思い出した、といった趣旨のコメントがついていて、そうそうあの酔っぱらいエピソードも面白いんだよね、ということで幕...
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江戸の庶民の味「天麩羅(てんぷら)」誕生の歴史

江戸を代表する料理として挙げられるのが「てんぷら」である。「てんぷら」がいつどのように誕生したのか、必ずしも定かではないが、「東京天ぷら料理会 東天会 天ぷらの起源と語源」によれば、「『料理食道記』(1669)の「てんふら 小鳥たたきて鎌倉...
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十二世紀南九州の覇者「阿多忠景」について

元木泰雄編「保元・平治の乱と平氏の栄華 (中世の人物 京・鎌倉の時代編 第一巻)」で十二世紀に薩摩を中心に南九州一帯を支配した阿多忠景について詳しく書かれていて、名前はうっすら聞いたことがあるけど・・・程度の認識だったこともあって同書の『栗...
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箸の語源、数え方の変遷まとめ

箸という漢字の由来、日本語の「はし」の意味についての諸説、箸の数え方の変遷などについて簡単にまとめ。 箸という漢字の由来 中国では箸の意味に使われている言葉は「箸」のほか、「筯」「筷子」などがあり、「筷子」が一般的だが、最も古く...
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醤油の歴史

古代日本の調味料 奈良時代から平安時代にかけて、貴族たちのあいだで儀式料理として唐の饗応料理の影響を受けた大饗(饗膳)料理とよばれる食事様式が形成されるが、これはたくさんの料理を並べて好みに応じて調味料をつけて食べるもので、使われた調味料は...
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ペリー艦隊の日本人、サム・パッチこと仙太郎の生涯

日本史の画期となった嘉永六年(1853)の黒船来航時、ペリー艦隊の中に水夫として一人の日本人がいた。彼は安芸(現在の広島県)出身の船乗りで、乗っていた船が嵐にあい漂流、米国船に救出された後、志願してペリー艦隊の水夫となった。日本名は諸説ある...
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日本で初めて反射望遠鏡を作った鉄砲鍛冶「国友一貫斎」

第一章 江戸の貨幣経済と知識人の台頭、蘭学の登場 十七世紀、戦国乱世の終結による政治的安定は人口増大と経済成長を促した。貨幣経済・商品経済の浸透は競争を喚起し、農民層の分解と格差の拡大、新たな都市富裕層の登場を促す。『俗姓筋目にもかま...
日本近現代史

近代日本、海水浴誕生の歴史

今や夏の行楽の代表となった海水浴だが、日本で海水浴が始まったのは明治時代のことだ。 明治以前の海水浴 海水浴が始まるまで、日本では海は行楽の対象ではなかった。唯一の海での遊びとしては「潮干狩り」があったが、基本的に海は漁民たちの生活...
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なぜお相撲さんといえば「どすこい」なのか?

お相撲さんといえば「どすこい」、「どすこい」といえばお相撲さんというぐらい、イメージが定着した言葉だが、実際には力士は「どすこい」などとは普通言わない。では「どすこい」とは何か?意味は?語源は?というと多くの人は説明に困るのではないか。広辞...
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大日本帝国憲法審議での伊藤博文と森有礼の「臣民の権利義務」論争

大日本帝国憲法を巡る議論は新設の枢密院で明治二十一年四月から翌二十二年一月まで集中審議された。枢密院会議議事録第一巻(P217-219)から、伊藤博文と森有礼の論戦を引用してみる。憲法史で有名な伊藤-森論争である。 憲法草案第二章「臣民権...
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江戸時代農村の遊び日・休日

最近、江戸時代農村の祭礼や休日について興味があって、色々調べているときに図書館で「増補 村の遊び日―自治の源流を探る (人間選書)」という本をみかけ読んでみると面白かったので紹介。元々は1986年に発表された論考で、91年の補論とあわせて2...
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若き米国人女性宣教師マーガレット・バラが見た幕末日本

神奈川県の歴史について色々調べている過程で、図書館で幕末に日本を訪れた女性宣教師の手紙をまとめた本を見掛け、読んでみたら結構面白かったので軽く紹介してみる。まぁ、20年以上前の本で絶版のようだし、amazon見てもランキング115万位でレビ...
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司法制度を形骸化させた刑事訴訟法の成立の歴史

刑事訴訟法の近代史 明治政府成立後、近代国家建設と不平等条約解消のため民法刑法典の制定が急務となり、明治六年(1873)、フランスから法学者ギュスターヴ・エミール・ボアソナードが招聘される。明治九年(1876)、改定律例によって江戸時...
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何故、江戸時代の司法制度は「自白」に頼っていたのか?

承前:中世西欧編→何故、中世の司法制度は「自白」に頼っていたのか? 江戸時代の裁判制度について簡単にまとめ。 幕藩体制において三権分立は存在しなかったため、行政府であり立法府である幕府・大名が司法裁判権もまた行使していた。江戸幕府の裁判制度...
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江戸時代の捨子たち~歴史・社会背景・捨子観の変化・幕府の政策など

1)古代・中世の捨子 捨子の歴史は古い。人類史においていつ捨子が始まったのか定かではないが、各地の神話や伝承にも捨子のエピソードが語られることから、おそらく有史以来、嬰児遺棄の習俗は行われていたと考えられている。エジプト王はイスラエル人に男...
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戦国時代の村の安全保障・外交交渉・戦時体制のまとめ

先日の記事『戦国時代の日常茶飯事「掠奪・奴隷狩り・人身売買」について』で掠奪や奴隷狩りに遭う戦国時代の百姓たちについて紹介したが、勿論、彼らはただされるがままであった訳では決してない。先日の記事と同じく藤木久志氏の一連の書籍から、中世の戦う...
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戦国時代の日常茶飯事「掠奪・奴隷狩り・人身売買」について

藤木久志著「新版 雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩り」は武将や大名など支配者からではなく雑兵たちの立場から見た戦国時代の戦争の様子を描いた中世日本民衆史研究の代表的な本のひとつである。 誰もが知るキラ星のごとき戦国大名・武将たちが天下に...
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大正末期の無名の娼妓の手記と近代公娼制度について

はてな匿名ダイアリーで投稿されていた「大正末期のある女郎の実態」という記事について、印象的なお話であったので一読してすぐに紀田順一郎著「東京の下層社会」での娼妓森光子(有名女優の故森光子とは同姓同名の別人)のエピソードだとわかった。 ...
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太平洋戦争末期の日本本土侵攻計画「コロネット作戦」と「オリンピック作戦」

葉山・逗子・鎌倉など三浦半島から湘南に至る相模湾沿岸を歩いてみると、思いのほか戦時中の基地や砲台などの軍事施設跡が残っていることに気付く。その施設跡について歴史を調べてみれば、太平洋戦争末期、相模湾こそが日米双方で本土進攻計画の上陸・防衛の...
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幕末の金流出は何故ハイパーインフレを起こしたか?

安政五年(一八五八)に締結された日米修好通商条約の結果として、経済面で二つの現象が起きた。第一に日本から海外への大量の金流出、第二にハイパーインフレーションである。常識的に考えれば、国外への金流出は国内の貨幣流通量の減少をもたらすため、貨幣...
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幕末の人口統計「空白の四半世紀」に何故人口は増加に転じたのか?

前回の記事「歴史人口学から見た江戸時代農村の結婚について」が好評だったので引き続き歴史人口学のネタを。 幕末から明治初期にかけて、人口統計資料が残っていない空白の四半世紀がある。 徳川吉宗によって1721年から6年間隔で行われるようになった...
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歴史人口学から見た江戸時代農村の結婚について

「昔は15、16で嫁入りしていた」 上記のような記事が話題になっているようなので、いくつかの歴史人口学の書籍から江戸時代の結婚と出生に関する定量データを簡単にまとめてみよう。 1)江戸時代の人口トレンド 江戸時代の人口調査を行うときに用いら...
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ザビエルはキリスト教の矛盾を論破されたのか説得したのか問題

ザビエルも困った「キリスト教」の矛盾を突く日本人 - るいネット 『ザビエルも困った「キリスト教」の矛盾を突く日本人』によるミスリードと嘘 - Togetter 『日本の各地でザビエルは布教するのですが、出会った日本人が彼に決まって尋ねた...
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平安時代の経済政策「貯蓄禁止令」

平安時代初期貞観九年(八六七)に出された「貯蓄禁止令」の太政官符が興味深かったので紹介しておく。『国立歴史民俗博物館編「歴博フォーラム お金の不思議 貨幣の歴史学」』より。 『貞観九年(八六七)五月十日 延暦一七年(七九八)九月二三日の格...
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