ニュートン著「プリンシピア」初版本、世界的調査で新たに約200部が発見

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サー・アイザック・ニュートン(1642-1727)によって1687年に刊行された近代科学史の画期的な著作「自然哲学の数学的原理(通称プリンシピア1“Principia”の日本語表記について、英語の発音だと「プリンシピア」、ラテン語では二種類あり、現在ヴァチカンで使われている教会式だと「プリンチピア」(教会式の場合、Cは後ろに E, I, AE, OE, Y のどれかが続く際 [tʃ]、すなわち「チャ・チ・チュ・チェ・チョ」となる)、古典式(古典期の発音を復元したもの)だと「プリンキピア」(発音は[k]、すなわち日本語のカ行に同じ)になる。かつては古典式ラテン語表記で「プリンキピア」が一般的だったが、中野猿人訳(講談社,2019年)のように英語表記も多く見られる。歴史的にラテン語は各国語別に発音されれることが多く、十七世紀に出版された本書も恐らく出版当時英語読みで発音されていただろうことを踏まえての英語表記かと思われる。/参照「ラテン文字の読み方と発音」/またラテン語を教会式、古典式どちらの発音で読むべきかについて議論があるようだ。「ラテン語はなに発音で読むべきか?(長文、余談多し) – 猫も歩けば...」/以上を踏まえてこの記事では中野猿人訳に倣って英語表記の「プリンシピア」とした。)」の未発見の初版本が、カリフォルニア工科大学の歴史学者による世界的な大規模調査の結果、新たに約200部が発見された。” Annals of Science ”誌に調査報告が掲載されている。

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「プリンシピア」

カリフォルニア工科大学所有の「プリンシピア」初版本。十八世紀、フランスの数学者ジャン・ジャック・ドルトス・ド・メランが持っていたもの。左側余白に彼のサインがある。

カリフォルニア工科大学所有の「プリンシピア」初版本。十八世紀、フランスの数学者ジャン・ジャック・ドルトス・ド・メランが持っていたもの。左側余白に彼のサインがある。
© Caltech Archives

ニュートンがケンブリッジ大学在学中の1665年から66年にかけて、伝染病ペストの蔓延で逼塞を余儀なくされていたときに着想を得た「運動の三法則」「光学」「微分積分学」などの研究成果をまとめ、1687年に発表したのが「自然哲学の数学的原理(ラテン語” Philosophiæ Naturalis Principia Mathematica “、通称プリンシピア” Principia”)」である。

「プリンシピア」はニュートンと交友が深かった天文学者エドモンド・ハレーがニュートンの深い学識に感銘を受けて執筆を強く勧め、出版を受け持った王立協会(ロイヤル・ソサエティ)が出版費用を捻出できないことになると、その出版費用もハレーが全額負担した。

今回調査にあたったモルデカイ・ファインゴールド(Mordechai Feingold)教授らの論文によると、「プリンシピア」の初版部数について、歴史学者ヘンリー・マコンバーによる1953年の調査では189部が見つかり、マコンバーは初版部数を「おそらく250部以下」の小規模なものであると考えていた。これは科学書の市場の小ささや内容の難解さが初版部数を抑える要因になっていたと考えられていたからで、現在でも「プリンシピア」の初版部数は非常に少なかったという説は根強いという。

一方で、マコンバーの説に対し「300部以下であるはずがない」「500部印刷されていても過大とはいえない」という批判もあり、近年でも歴史学者オーウェン・ジンゲリッチは600部以上印刷されたとし「もしかしたら 750 部も印刷されたかもしれない」と推測している。今回の発見はジンゲリッチらの近年の説を裏付けるものとなった。

10年がかりの大規模調査で初版本が倍増

今回の調査は約10年前、論文の共同執筆者でマンハイム大学(ドイツ)経済学部の博士研究員(postdoctoral researcher)であるアンドレイ・スヴォレンチーク( Andrej Svorenčík)博士がカリフォルニア工科大学でフェインゴールド博士の科学史の学生だったときの学期論文(term paper)から始まった。

スロバキア出身のスヴォレンチーク氏は当時の学期論文で、中央ヨーロッパ、特にハプスブルク帝国における『プリンシピア』の分布について書いたが、その主題は初版本が自分の出身国まで辿ることができるかどうかということだった。「1950年代の調査では、スロバキア、チェコ共和国、ポーランド、ハンガリーからの出版物は見当たらなかった」が多くの初版本を発見することになった。1950年代は冷戦期であり中東欧での調査に限界があったためだ。

そこで指導教官だったファインゴールド教授は、彼のプロジェクトを初版本の体系的な調査に変えようと提案し、二人は約十年の歳月をかけて、世界27カ国で約200冊の未確認の初版本を発見することになった。今回の二人の調査によって「プリンシピア」の初版本は189部から387部へ大きく増加した。

「我々はシャーロック・ホームズのような気分だった」とファインゴールド教授はカリフォルニア工科大学のプレスリリースで言う。図書館のカタログを何年もかけて探し、オークションの記録を調べ、個人所有の本を見つけようと書店や古書店に連絡を取った。イタリアの書店で見つけた一冊がドイツの図書館からの盗品であることが判明し、その図書館に連絡したが図書館の対応が間に合わずオークションにかけられるのを止められなかったこともあったという。

今回の調査で確認できた「プリンシピア」初版本がある国はオーストラリア、オーストリア、ベルギー、カナダ、クロアチア、チェコ、デンマーク、フランス、ドイツ、ハンガリー、アイルランド、イタリア、日本、オランダ、ノルウェー、ポーランド、ルーマニア、ロシア、スロバキア、南アフリカ、スペイン、スウェーデン、スイス、ウクライナ、イギリス、アメリカ、ヴァチカンの27か国。日本は近畿大学(1部)、京都大学(1部)、金沢工業大学(2部)、一橋大学(1部)、慶應義塾大学(1部)、国立国会図書館(2部)、東京大学(1部)の七施設に合計9部の初版本が確認されている。

塗り替えられる通説

また、今回の調査で所有者の印、余白に走り書きされたメモ、手紙やその他の文書を分析した結果、「プリンシピア」はこれまで想定されていたよりもはるかに広く、専門家に限らず様々な人々に繰り返し読まれていたことがわかった。また、書き込みから、『「プリンシピア」の初期の読者たちは、初めての困難にもかかわらず、本書をマスターしようと粘り強く努力した』(論文より)ことも判明した。

“The idea that the Principia was incomprehensible and little read is called into question with the new survey results. Not only does the research show that there was a larger market for the book than once thought, it also demonstrates that people were digesting its contents to a greater extent than realized.”

(「プリンシピア」は理解されずほとんど読まれていなかったという考えは、新たな調査結果によって疑問が呈されている。調査結果は、かつて考えられていたよりも大きな市場があったことを示しているだけでなく、想像以上に多くの人々がその内容をよく考えて理解していたことを証明している。)

Hundreds of Copies of Newton’s Principia Found in New Census

さらなる新しい発見へ

今回、387部の「プリンシピア」初版本が確認できたが、さらに200部程度の未発見の初版本が存在している可能性がある。物理学者クリスティアーン・ホイヘンスへ贈られたものを始め、出版当時、ニュートンが同僚らに献本したことが記録に残っているものの多くが未だ行方不明だ。多くの本が個人のコレクションとなっていることが知られており、ファインゴールド教授は「この調査を通じて、彼らの身元が非公開となることを保証することで、彼らが私たちに連絡してくれることを期待しています」と言う。

引き続き、さらに可能なかぎり多くの初版本を見つけだして、それぞれの状態やレイアウト、書き込みなどの詳細情報を抽出する必要があるため、二人は今回の調査について「予備的な調査」と位置付けている。今回のような中間報告書を発表することで多くの情報が寄せられ、さらに包括的な調査に繋げたいとしている。

スヴォレンチーク氏はArs Technica誌へのインタビューでこう語っている。

“We were told that the area of Newton studies had been worked to death and there’s not much else to find. Our work shows quite the opposite—that there are still new things to discover.”
(ニュートン研究の分野は死ぬほど研究されていて、他に見つけるものは多くないと言われた。我々の仕事は全く逆のことを示している――まだ新しい発見がある。)

Historical detectives discover more first editions of Isaac Newton’s Principia

ニュースソース

Mordechai Feingold , Andrej Svorenčík(2020)“ A preliminary census of copies of the first edition of Newton’s Principia (1687)”(Annals of Science, 調査報告論文)

Hundreds of Copies of Newton’s Principia Found in New Census”(カリフォルニア工科大学のプレスリリース)

Newton’s ‘Principia’ Had a Surprisingly Wide Audience, Historians Find“(The New York Times)

200 more copies of Newton’s ‘Principia’ masterpiece found in Europe by scholar sleuths“(Live Science)

Historical detectives discover more first editions of Isaac Newton’s Principia”(Ars Technica)

参考文献

・アイザック・ニュートン 著(中野猿人 訳)『プリンシピア 自然哲学の数学的原理 第1編 物体の運動 (ブルーバックス)』(講談社,2019年)
・佐藤満彦 著『ガリレオの求職活動 ニュートンの家計簿 科学者たちの生活と仕事 (講談社学術文庫) 』(講談社,2020年)
・小山慶太 著『科学史人物事典 150のエピソードが語る天才たち (中公新書) 』(中央公論新社,2013年)

脚注

  • 1
    “Principia”の日本語表記について、英語の発音だと「プリンシピア」、ラテン語では二種類あり、現在ヴァチカンで使われている教会式だと「プリンチピア」(教会式の場合、Cは後ろに E, I, AE, OE, Y のどれかが続く際 [tʃ]、すなわち「チャ・チ・チュ・チェ・チョ」となる)、古典式(古典期の発音を復元したもの)だと「プリンキピア」(発音は[k]、すなわち日本語のカ行に同じ)になる。かつては古典式ラテン語表記で「プリンキピア」が一般的だったが、中野猿人訳(講談社,2019年)のように英語表記も多く見られる。歴史的にラテン語は各国語別に発音されれることが多く、十七世紀に出版された本書も恐らく出版当時英語読みで発音されていただろうことを踏まえての英語表記かと思われる。/参照「ラテン文字の読み方と発音」/またラテン語を教会式、古典式どちらの発音で読むべきかについて議論があるようだ。「ラテン語はなに発音で読むべきか?(長文、余談多し) – 猫も歩けば...」/以上を踏まえてこの記事では中野猿人訳に倣って英語表記の「プリンシピア」とした。