スペインのグラナダ大聖堂に隣接する建物の建設現場で偶然、ローマ帝国時代の鉛の棺(サルコファガス,”sarcophagus”)が発見された。
EL PAISの2019年6月19日付記事(注1)によれば、発見現場はグラナダ大聖堂近くの近代的な建物ヴィラメナ・ビルの地下。建設工事の準備として歴史的遺跡が無いか通例通りの考古学者による調査を行い、いくつかのキリスト教時代やイスラーム時代の珍しくない遺物が見つかっただけで、問題なく完了したときのことだ。全て終える前に、彼らはもう少し掘り進めて見ることにした。すると、地下2.5メートルの地点に、2~3世紀頃のローマ帝国時代の墓を発見、そこに鉛製の棺が安置されていた。
発見された棺は重さ300~350キロ、縦1.97メートル、高さ40センチ、幅は頭側が56センチメートルで足側が36センチメートル。模様などはないが砂や土などが沢山残っている。
調査を担当した考古学者アンヘル・ロドリゲス(Ángel Rodríguez)氏によれば、この時期のグラナダでは鉛の棺は全く一般的ではなく、鉛は200キロ以上離れたコルドバでしか産出しなかったため貴重で高価なものであった。
ローマ帝国時代の鉛製の棺は2010年にイタリアでも見つかっており、やはり同じく1700年前、3世紀ごろのものであった。当時のNational geographicの記事(注2)でも鉛は貴重な金属であり、「鉛製のサルコファガスは、被埋葬者がある種の重要人物だったという証になる」という指摘があるが、こちらでもロドリゲス氏は、被葬者は「裕福な家庭に属しているかもしれない」という。ただし「中からすごい宝石が見つかるわけではない。」
ローマ帝国時代のグラナダの中心は現在アルハンブラ宮殿が建つアルバイシン地区で、すでに暗渠化したダロ川が当時は流れており、ローマ人居住区が存在していた。1902年にアルバイシン地区で鉛の棺が見つかったが略奪された後だった。
発見現場は、ナスル朝(1228~1492)時代、ジェノヴァ商人が絹や砂糖などの交易品を貯蔵するために使用していた倉庫だった。その後レコンキスタが完了してカトリック両王治世下となると刑務所として利用され、1930年に閉鎖、スペイン第二共和政(1931~1939)時代に取り壊されていた。(注3)
今回発見された棺はグラナダ考古学民族学博物館に移された。まだ開かれておらず、研究者たちが開棺の手順を決定するまで同博物館に保管されている。開棺後は「グラナダ大学の法医学人類学研究所に遺体が運ばれ、棺や遺物は博物館に残されて研究されることになるだろう」とロドリゲス氏は語った。
脚注
注1)How an ancient lead sarcophagus was accidentally found in Granada
注2)ローマ時代の鉛製の棺を発見 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト
注3)Unexpected Roman lead sarcophagus found in Granada